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02 政友同志会が強引に選挙

0626-makino-02.jpg 牧野は1902(明治35)年8月、衆議院議員に当選してから連続3期にわたって国政に参画した後、10年2月10日、長野市助役に就任しました。

 翌11年4月24日、市長鈴木小右衛門が任期満了となりました。そのとき鈴木の再選を意図したのは政友会で、一方、政友同志会は助役の牧野を推薦しました。市会の選考委員会でも候補を絞ろうとしたが、議論百出でなかなか結論が出ません。

 これに対し、区長会は重大な関心を寄せ、いたく憂慮し、それなら今までどおりでよいと鈴木市政の継続を決議し、その意見書を全市会議員に配布。鈴木擁立を掲げて千歳座を会場に市民大会を開きました。

 しかし、牧野を推す政友同志会は小会派の公友会と連合、さらに最大会派の政友会を切り崩し、その会の3人を味方に入れ、強引に選挙を実施して牧野を当選させました。

 5月23日の市会における市長候補者選挙の当選者は次の3人でした。

(最高点)牧野 元
     藤沢長次郎
     小野木源治郎

 右の3人のうちから牧野が内務大臣より就任裁可されました(6月7日)。

 牧野が就任に当たって、市政の最大課題として実現を図ろうとしたのは「上水道問題」でした。

 牧野市政下の主な事業や出来事を列挙すると次のようです。
 〈1911年〉
 6月 市会が上水道水源を戸隠と決め、設置願を申請する
 〈12年〉
 大正町通り(現昭和通り)、寿町通り新設される
 8月 市水道条例が許可され、水道敷設始まる
 12月 市が市区改正委員会規定を設定する
 〈13年〉
 1月 市が長野ガス会社と契約を結び、都市ガスの供給を開始する
 3月 市水道工事起工式を行う
 5月 市が改修・新設の56路線を発表する
 〈14年〉
 深田町、妻科の道路新設される
 〈15年〉
 4月 市の上水道が給水を開始する
 10月 市の徽章改定される
 11月 市水道工事、竣工式を行う
 〈17年〉
 4月 長野市制施行20周年記念式典を行う
 〈20年〉
 4月 市内小学校の一校制を施行する

(2010年6月26日掲載)