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03 長野共進会に全面的協力

suzuki03.jpg 1906(明治39)年の通常県会で一府十県連合共進会を城山で開くことが決定されました。長野市はこれに対して金2万円の寄付と必要な土地の提供を申し出て全面的に協力しました。

 08年9月20日から11月10日にかけて行われたこの共進会は6万余点に上る豊富な展示、出品物が人々を驚かせ、まさに小博覧会のごとき感がありました。

 前回の甲府での共進会と比べ、建造物の建坪数、経費、出品種類数などいずれも上回り、過去最大のものとなりました。

 敷地は現在の城山公園の地で会場総面積は2万8300坪(9万2400平方メートル)で、建築物は次のようでした。

(一)陳列館(建坪総数4720坪 建築資金13万3050円)
 (イ) 本館(含参考館)
 (ロ) 第一陳列館  
 (ハ) 第二陳列館  
 (ニ) 第三陳列館  
 (ホ) 特許館
 (ヘ) 畜産館 
 (ト) 事務室 
 (チ) 審査室
(二) その他
 (イ) 接待館 140坪      (建坪総数) 
 (ロ) 演舞館 250坪  
 (ハ) 音楽室 9坪
 (ニ) 蚕糸館 64坪 
 (ホ) 農業館 72坪
 (『長野商工会議所六十年史』)

 長野共進会の特色は蚕糸館の独立と特許部と畜産部の新設などでした。

 会期52日間に及ぶ共進会は盛況を極め、長野市は空前のにぎわいを呈し、期間中の入場者数は総計66万4812人に達しました。

 「共進会中、夜のイルミネーションは壮観であった。電球は総計1万1084個備えられていた。このほか街の様子も次のように華々しかった。1200燭光のアーク灯が6基各所に建てられた。信濃電気会社吉田工場のアセチレンガス広告塔などもことごとく光り輝いていた。停車場前には大アーチが掲げられた。松葉で直径3尺、間口5間、高さ6間、これに花電灯をちりばめ、国旗と市旗を高くかざし、杉葉を刈りこんで長野市の3文字をあらわした」(『長野市誌第五巻 歴史編近代一』)

 共進会も終わりに近い11月5日には、褒賞授与式と全国煙火大競技大会が実施されました。農産物部門での受賞者は次の4人でした。

 (桑苗)更級郡青木島村 小池勘之助、(果実)同真島村 中澤源七郎、(米)上高井郡綿内村 上野仁太郎、(麦)同保科村 山岸健次郎