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04 皇太子ご成婚で記念公園

 1900(明治33)年5月10日、皇太子(後の大正天皇)は20歳で15歳の九条節子(さだこ)と結婚しました。この御慶事を祝福するための記念行事が全国で繰り広げられました。
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 長野市はこれを記念して、城山の現城山公民館南斜面に記念公園を起工しました(工費は7252円で03年5月10日竣工)。

 この場所は眺望が良く、犀川、千曲川を見下ろし、川中島古戦場をはじめ茶臼山、妻女山、姨捨山などを遠望し、埴科・更級・上下高井・上水内などの平野を一望できます。

 皇太子は幼少より病気がちでしたが、この結婚を機に健康を回復され、新婚旅行ともいえる結婚記念巡啓をなされました。最初の目的地は三重、奈良、京都。その秋には九州巡啓を行い、翌01年5月20日から6月8日まで信越・北関東巡啓として長野県も訪問しました。

 長野地域への巡啓は次の3日間でした。
 ▽5月21日 長野駅下車、善光寺大勧進泊
 ▽22日 川中島古戦場跡、真田邸、妻女山へ
 ▽23日 長野市内見学

 大勧進に宿泊される際、市内には殿下の御飲料に適する水がなかったので、遠く姨捨山麓に湧出している清水を運んできて差し上げました。

 23日の市内見学の予定コースは大勧進↓善光寺↓師範学校↓中学校↓女学校↓城山館↓記念公園でしたが、殿下の意向で実際のコースは大勧進↓師範学校↓大林区署↓善光寺↓城山館↓記念公園でした。

 善光寺見学で殿下は意外にも本堂の西口から入られ、侍従に靴を脱がさせて内陣に進み、御開帳された前立本尊の前で3度黙礼。その後、開基本田善光像の前と戒壇の入り口で、大勧進僧正にご下問された後、ご自分の代わりに侍従に戒壇を1周させました。

 その後、徒歩で坂道を城山館に向かわれました。城山館は現在の城山公民館の敷地にあり、市民の集会所として多面的に利用されていました。当日は殿下の見学を控えて、県内物産の陳列や北信産牛馬組合の種牡牛の出品などがありました。