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08 米窪達雄先生〜親身な進路指導で私を地理学の軌道に

 須坂中学でのクラス担任は米窪達雄先生でした。塩尻市出身。京大を出たばかりの若い先生で、戦後に福井大学工学部の教授になられました。
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 当時の旧制中学の先生方は皆さんそうでしたが、この先生も非常に熱心で親身でした。特に進路指導では、脱線しそうになった私を地理の軌道に乗せてくださった恩人という意味でも、決して忘れることができません。

 私の成績は1年次には常に上位だったのですが、2年次からだんだん落ちてきました。原因は分かっていました。文学に熱中するようになったからです。家には日本文学全集や世界文学全集が父親の蔵書としてそろっていましたから、勉強時間を削っていくら読んだところで終わりませんでした。

 文学の道を目指そうと伏せ字で真っ白になった小林多喜二の著作『蟹工船』など、手当たり次第に読みあさりました。小学校で作文コンクールの1等になったように、作文を書くことも好きで得意でしたから、これは当然の成り行きともいえます。そこで文学の道を目指そうとまで考えるようになりました。

 しかしとうとう中位くらいまで成績が落ちたところで、見かねた米窪先生に呼び出されました。冬の日の放課後、冷たく薄暗い化学の実験室に立たされ「君は最近文学に凝っているようだが、文学的才能はゼロに近いからやめた方がよい。地理・歴史を得意としているのでその道に進むように」と懇々と諭されました。

 生徒の適性を見抜き、時にはこうして半強制的ともいえるような説得で、良かれという方向に導くことが、当時の先生の進路指導であったと懐かしく思い出します。

 私も先生の忠告を受け入れ、文学志望はあきらめました。須坂中学での進路指導は、こうして2年生の後半から本格的になっており、私は本気で地理学の道に進む決意をしたわけです。

生活密着の実験
 米窪先生の思い出としてもう一つ強烈だったのは、飲み水に含まれるアンモニア値の調査です。アンモニアというのは神経毒性のある無機化合物で、水に溶けやすい性質があります。

 これを含む大便や小便が地下水に入って飲料水にも影響が出ていることを実験で生徒に示すのが目的でした。それぞれ家で飲んでいる水を持参して検査すると、調査数の6割くらいがアンモニアを含んでいて、大変衝撃を受けたように記憶しています。

 こういう実験を先生の担当の化学で行ったのかどうかは覚えていません。もしかしたら、私の所属していた郷土部の活動の一環だったのかもしれません。小布施の人たちが濾して飲料水に使っている松川がpH4の酸川であることなど、郷土研究と結び付いていましたから。

 小布施は、全国の農村に先駆けていち早く1928(昭和3)年に上水道設備を整えた自治体です。今は合併しているお隣の都住村ではそのような水道はなく、小布施村の村民の意識が高かったことを示しています。

 地域の生活に密着した実験で、子どもたちに科学的に知識を伝えてくれる米窪先生のような存在があったことも、小布施村の先見性に見えない部分で影響しているように感じられます。
(聞き書き・北原広子)
(2010年6月26日掲載)

 
市川健夫さん