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15 新宿支店~不良貸し整理で勉強 バブルから引き締め

15-chino-0213.jpg 1971年に人事部での挫折感を引きずって新宿支店に赴任しました。大学卒業以来15年ぶりの懐かしい東京ですね。支店がある新宿西口も超高層ビルが建ち始め、折からのいざなぎ景気に沸いていましたよ。

 いきなり貸付課長を命じられました。支店の中で一番難しい仕事です。しかも私は全くの未経験。これはえらいことになったと、慌てましたね。いちいち周りに教わらないと何もできない。しかし周囲の方は「10年も支店から離れていてかわいそうに」と親切に教えてくれたし、とりわけ支店の次長が私と同郷の岡谷で貸付のベテラン。すべてこの次長さんが頼り。人事部の配慮だったんですね。

裏の世界ものぞく
 通常の貸付業務のほか、5社ほどの不良貸しの整理が私の仕事でした。不良貸しの整理では、法律などの勉強はもちろん、債務者や官庁・企業との折衝のほか、時には暴力団など裏の世界をのぞくこともありましたね。

 それに整理の過程で、倒産の原因は何だったのか、なぜそれに気付かなかったのかなどが分かってきますね。すると貸し出しに当たって気を付けるべきポイントが身に付くわけですよ。これは書物や順調な取引だけからはなかなか学べません。不良貸し整理をやらせてもらったおかげで「おれも41歳でようやくいっちょ前の銀行員になれたな」と感じましたね。

 当時はいざなぎ景気の最中でしたが、戦後20年も続いた「借り手はいくらでもある」という金欠が、「貸出先を探せ」という金余りの方に変わり始めていましたね。

 貸付の窓口にも変わった話が出てきました。「値上がりするから土地を買いたい」「どうして値上がりすると思うんですか?」「現に値上がりしてるじゃないか、このバカ」という具合で、土地を買いたい、宝石の在庫を増やしたい、美術品を輸入したい、などなど本業の通常の活動には必要のないお金を借りに来られる。

 こんなことは今まであまりなかったんですがね。実際に土地や株式が暴騰するし、宝石・貴金属・美術品、果てはゴルフ会員権までが値上がりしていましたね。

 値上がりの思惑を前提とした「虚業」に金が流れる。実業というご飯の上に虚業という泡クリームが乗っている経済。この虚業を支えるエネルギーは当時7兆円ともいわれた余り金とそれに群がる射幸心でしょうか。

 副頭取の黒沢三郎さんはお酒が好きで、酒の肴に若い職員ともいろいろなお話をされた。その中で私には、大正から昭和にかけてのデフレと金融恐慌の話をしてくれましたね。当時は高度成長の最中ですから「デフレなんかあるもんか、昔の話だ」と思っていたんですが。現実の新宿支店で似たことが起こってる、こりゃ大変だと思いましたよ。

ウソツキと罵倒され
 しばらくして突然、日銀の窓口規制が始まりました。これは「各銀行の毎月末の貸付金残高に枠をはめ、枠を超えるとペナルティーを科す」というものです。日本独特の金融引き締めの方法ですが、お金を借りたい人と銀行にとっては大迷惑。貸付の担当者は「つい先日まで借りろ借りろと言ったのに、今日は貸さないと言うのか。このウソツキめ」と罵倒されても、じっと耐えることになったわけですよ。
(聞き書き・北原広子)
(2010年2月13日掲載)
 
茅野實さん