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01 「死」−拒否か 受容か

 「生と死」にかかわる書物は、古今東西、山をなすほどにある。『聖書』も『論語』も、そして仏教聖典の総称という『一切経(大蔵経)』だって、つまりは生き方の哲学を説いたものだ。「美しい晩年」というのも、省みて「これでよかったなあ」という老後でありたい、晩節をいかに迎えるか、ということだ。

死の迎え方
 ひとたびこの世に生を受けて
 滅せぬ者のあるべきか

 織田信長の言葉だそうだが、なん人(ぴと)も生まれ出たからには、必ず死ぬ時がやってくるくらいのことは、なにも信長に教えてもらわなくたって、子どもでも知っている話だ。

 だが、こうした緊迫感のある言葉で、ズバリ言われると目が覚める。たじろぐのだ。いたたまれない衝動にかられるのである。

 死の迎え方には、大別すれば2通りあると思う。例えば同じ95歳で死を迎えるにしても、死にたくはない、もっと生きていたい、死は恐ろしい、死に神に取っつかれたくはないと、その日まで死を拒否し続けるのか。

 いや、やることはやった。これでいいのだ。死を迎え撃つというのではなく、素直な心境で死を受け入れる(受容)ことができるのか、である。

 拒否か、受容か。いずれを選ぶのか、選びたいのか。自分はどちらの側に立ちたいのか。いや、立てるのか。

生き方の集大成
 追い詰められるように、人生の末期を迎えるに至った心境を表す言葉に「最早これまで」「いまは斯(こ)うと」がある。西郷隆盛が果てた鹿児島城山の地を訪ねたことがある。隆盛が愛弟子別府晋介に「晋どん、ここらでよか」と言ったというところだ。

 そこには武運つたなくしてこうなった以上は、致し方ないという悲愴感が漂う。無念さが伝わってくるのだ。大西郷のことだから莞爾(かんじ=にっこりほほえむ)として、がその最期だと察せられるが、ここでいう「受容」とはいささか違う。

 禅僧快川(かいせん)が甲斐の恵林寺(えりんじ)の山門上で「心頭滅却すれば火もまた涼し」と端坐したまま焼死したという話や、あの特攻隊の出撃前夜を思うとき、これもここでいう「受容」とは違うようだ。

 無論、例外なく誰にもやってくる死を前にして、どうせ死ぬのだからしようがないという、消極的な受容をいうのではない。若き日からの生き方の集大成として、心置きなくすべてと訣別できる心構えをつくることをいうのである。
(2010年1月1日号掲載)