記事カテゴリ:

04 ベネチア(イタリア) 夢の浮き島にて

04-kaigai-0417map.jpg 地球温暖化による水位上昇で、近い将来、水没する運命にある水の都・ベネチア。世界を旅してきた多くの人がベネチアを「最も不可思議な町」と呼ぶ。6世紀にベネト地方の人々がゲルマン民族の侵略から逃れるために、海の浅瀬(ラグーナ)に杭を打ちつけて町を築いた。

 118の島に400の橋。いわば"夢の浮き橋"のような国は東西貿易で栄えた。聖マルコの遺体を持ち帰り、守護聖人とした。大運河(カナル・グランデ)の両岸に総督府(ドゥカーレ宮殿)やアカデミア美術館、サンロッコ大信徒会などの建築群や美術品があり、その豪華さはまばゆいほどだ。ナポレオンが「世界で最も美しい広間」と呼んだサン・マルコ広場は毎日、人とハトの群れだ。キャサリン・ヘプバーン主演の名画『旅情』はベネチアの魅力をふんだんに見せる。

04-kaigai.jpg 本島から水上バスで行けるところに、ムラーノ島とブラーノ島がある。ベネチアン・グラスで有名なムラーノ島は、日本人もツアーなどでよく訪ねる。もう一つのブラーノ島は刺繍の島だ。シェークスピアの4大悲劇『オセロ』で、旗手・イアーゴの奸計によって高潔なオセロー将軍の妻デズデモーナと副官キャシオの根も葉もない"不倫疑惑"の材料にされたのが、ブラーノ島の刺繍入りハンカチだ。

 この島で知り合った年配のシスター(姉妹)のシスター(尼僧)4人がいた。英語が通じたこともあり、家内も入って写真を撮った。姉妹だけの写真も何枚か撮った。互いに住所を書き合って、帰国後に送る約束をして別れた。私は旅先で知り合った人には必ずといってよいほど、写真と手紙を送る。それが日本人への信頼にも通ずる、と信じている。だが、ときどきヘマをする。帰国後、住所のメモを紛失してしまうのだ。

 この時もそうだった。彼女らの誰もカメラを持っていなかったから、私の便りを心待ちにしていることが分かっていた。『もしや』と思って、地元の教会に、写真を同封して「この方たちに覚えはないですか」と尋ねる手紙を書いて送った。しばらくして「写真の方々はいません」との返事。

 その4カ月後、ローマから手紙が届いた。差出人はRenzo Pin(レンゾ・ピン)とある。「はて?」。開封すると、次のような内容が書かれていた。

 「私は今年、ベネチアで貴方に写真を撮ってもらったシスターの長女マリアの息子です。あの旅は20年ぶりの4姉妹だけの旅でした。ところが全員カメラを忘れて思い出のスナップが1枚もないありさまです。あなたの住所を母から聞いて手紙を書きました」

 これまでのいきさつを添えて、人数分の写真24枚を送った。相手方の喜びは、その後送ってきた高価な美術書や品で分かった。レンゾ・ピンさんの熱心な誘いに応えるべく、私は2003年春、ローマを訪ねた。マリアさんとご主人、そしてレンゾさんと会食した。今では良き友人である。
(2010年4月17日号掲載)