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05 前の世・此の世・彼の世

 仏教では人の一生を三つに分けて考える。

 三世(さんぜ)
  前の世(生まれる前の世、前生)
  此の世(生きている世、現世、今の世)
  彼の世(死後の世界、来世、後世)

 三世は言うまでもなく、前世(過去)、現世(現在)、来世(未来・後世)ということになる。

 拝む手もなき...
 1947(昭和22)年、私が学生時代18歳のときだった。宇都宮の寺で西本願寺派の住職・梅原真隆師から伺った話で、以来忘れられないでいる。戦後の誰もが衣食に不自由をしていた時代だったが、堂内を埋め尽くした聴衆に深い感動を与え、まさに暗夜に一灯の思いがあった。

 前段に、月影は肥やし桶に映るときまでも美しい、という話があってから、中村(旧姓・小林)久子という女性の話をしてくれた。

 久子は飛騨の高山在に生まれた。しかし母は貧しさの故、久子を里子に出して野麦峠を越え、岡谷の製糸工場で女工として働かざるを得なかった。

 その後、久子は凍傷で両手両足を切断し、サーカス団に所属、客寄せに木戸で小脇に撥を挟んで小太鼓を叩く。見よう見まねで文字を覚え、成長して短歌を学ぶ。浄土真宗の篤信者となり、ヘレン・ケラー来日の折には自作の日本人形を進呈する。と、痛ましくも高潔にして類稀な生涯を送る。

 その久子から梅原真隆師に送られた、口に筆をくわえて書いた「合掌」で始まる文言の数々。久子にこんな歌がある。

 過ぎし世に いかなる罪を犯せしや
 拝む掌もなき われは悲しき

 また、その久子を妻に迎え、共に助け合った夫妻の美しい晩年。

 久子の死を各社は報じたが、某女優のスキャンダルや交通事故の大きな記事の陰に小さく載っただけだった。

 現世を超えて
 寒冷な中国北部の地に稲作指導のボランティアとして、20年以上にわたり、63回1823日訪問したという、北海道の原 正市さんのこと。以下は読売新聞が2002(平成14)年11月24日に報じた記事から。

 原さんは視察した最初、はだしで田んぼに入り、手ですくって土壌を確かめた。見ていた農民からどよめきが起きた。中国の農業技術者は農民と共に、はだしで田に入ることはなかった。感動した農民は原さんを手厚く遇し、洗面器に張った湯で原さんの足を洗い、物不足の中で真新しいタオルが渡された。

 北海道での米の栽培法が中国の地に浸透し、収穫量は約14倍に増加した。原さんはいつしか農民から「洋財神」(外国から来て、豊かにしてくれる神様)と呼ばれた。中国からは栄誉奨書が贈られ、1998(平成10)年に日本を訪問した江沢民前国家主席は札幌を訪れ、原さんに心からの感謝の意を伝えた。

 原さんは2002年に85歳で亡くなった。長男の正則氏は、「遺骨は日本と中国に埋めてほしい」という遺言に従って、「中国黒竜江省の川に(遺骨を)流したい」と話しているとのことだ。

 日本と中国との間には、悲惨な歴史の傷跡が山積みであるが、国境を越えた美しい話もまた数多い。
(2010年3月13日号掲載)