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07 マンレーサ(スペイン) 由緒ある巡礼の地にて

07-kaigai.jpg スペインの地方は自治意識が強い。第2の都市バルセロナは、同じスペイン語でもカタロニア語を話すし、いまだに第2次大戦中のフランコ独裁政権への反発が強い。

 バルセロナといえば、建築の鬼才アントニオ・ガウディやピカソを思い出す人も多いだろう。特にガウディは、カサ・ミラ(ミラ邸)、グエル公園、そして何と言っても聖家族教会が代表作だ。まだ建設中で、完成まであと100年とも、それ以上ともいわれる。いつか12本の搭が完成し、その下で奏でるパイプオルガンの音色が、その搭を通じて町中に響き渡るのを私たちの子孫が耳にすることだろう。

 バルセロナ郊外の北西部に、マンレーサという都市がある。人口6万余。ローマ時代に起源を持つ巡礼地だ。1522年、近くの洞窟でイグナチウス・ロヨラが黙想修行をしたことで知られる。ここに5日ほど滞在した。 

 秋も深くなったので「思い出にセーターでも買おう」と一軒のブティックに立ち寄った。ショー・ウインドーに高く飾られた一着のセーターに目が留まった。女性店員に英語で「あそこに掛かっているセーターを見せてほしい」と言うと、慌ててほかの店員に助けを呼んでいる。

 3人で"鳩首会談"を始めた。どうやら英語が理解できないらしい。バルセロナならともかく、地方都市で英語を話せる人は少ないようだ。手で「ちょっと待っててね」というしぐさをした。間もなく、20歳くらいの英語を話す青年が現れた。用件を伝えると、すぐさまセーターを下ろしてくれた。気に入ったので、すぐに購入した。すると、彼は「どこから来たのか」と聞いてきた。「日本から」と答えると、目を輝かせて「僕は日本人を見るのは初めて」という。

 名前はヴァレンチ・イグレシアス君。会話から、彼がバルセロナの大学に在学中で、野球をやっていることを知る。「私も高校、大学で野球をしていた」と告げると、「私の部屋に来ないか」という。好奇心も手伝って彼に付いていった。

 彼の部屋は日本の間取りで6畳くらい。ベッドがあり、学習机があるのも同じだ。グラブやミットを持って来た。スペインで野球が盛んだという話は聞いたことがない。

 そんな時、机の上にかなり高額のお金があるのに気付いた。私が「このお金は机の中にしまってくれ」と言うと、彼は不思議そうな顔をした。「私が帰った後、もしもお金が足りないと勘違いしたら私が疑われるだろ? だから、ここに置いておいてほしくないんだ」。驚いた彼は「あなたはモラリスト(道徳家)だ」。彼はお金をポケットにしまいこんで、部屋から突然消えた。

 しばらくして両親を伴って現れた。「息子から聞きました。今後ともよろしく」。この日から、ヴァレンチ君と毎日会うことになった。マンレーサを離れる日も、見送りに来た。

 帰国後、硬式野球のボールを1ダース送った。彼もオリーブ漬けやマフラーを送ってきた。ちょっとしたことで信頼は生まれるものだ。大学を出て彼はいま、自分の店を継いでいる。

(写真)ふとしたっきっかけで知り合ったイグレシアスさん一家左端がヴァレンチ君