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09 良寛に学ぶ(上)

 前回の「孤を愉しむ」の中で良寛の

 あしびきの 岩間をつたふ 苔水の
 かすかにわれは すみわたるかも

を採り上げた。それは良寛こそが、孤を愉しんだ、あるいはそのことに徹したお手本のような生涯を送った人だと思うからだった。

 高く悟って俗に親しむ
 良寛が偉大な先達として敬慕し仰ぎ続けてきたのは、日本曹洞宗の開祖であり永平寺を開いた道元禅師であった。

 良寛は、その道元思想のよき理解者として、また道元禅の体現者として、最右翼の人であったといわれてもきた。良寛の身の処し方、物を見る姿勢は、道元を出発点としてそこに帰結した。そしてそこに至るまでの厖大な時間の蓄積と、ひたむきな存念が表立っては見えず、また自らを語ろうとはしなかった。

 良寛は思索と修行一筋の人であるが、同時に型にはまらない自由人であった。風雅に遊び酒をたしなみ、涙のある人だった。高く悟って俗に親しみ、一個の人間して煩悩と隣り合わせ、向き合い続けてもきた。

 草庵に静座して松籟聴き、水の音、虫の音に耳を傾けた長い時間、仏典を読み、詩歌を創り、書に親しみ、古典や芭蕉の詩精神に学び唱和し、道元に随って坐り続けた死闘にも近い明け暮れ、妥協を許さず、権力に迎合せず、清貧を貫いた思想...は、独り居の孤絶の境涯の中にあってこそ培われたものではなかろうか。そして、これこそが良寛の真骨頂ではなかったのか。人知れず幾夜か哭き明かしたこともあったに違いないのだ。

 冒頭に掲げた「岩間をつたふ苔水の」の歌は、そんな草庵にあって端坐した折のものであろう。森閑とした霊気の漂うなかに滴り落ちる苔水の音が、かすかにかすかに聞こえてくるのである。

 類希な日本の良心
 良寛は手まりをついたり、かくれんぼをして子どもたちと遊び、祭りやお盆には一緒に踊り、縁端で濁酒を招ばれて舌鼓を打ったこともたしか。遠近を問わず道を志す人の来訪は無論、夜分に愚痴話を聞いてもらいたくて来る村人の応接にも忙しかったようだが、その良寛にこんな歌がある。

 世の中に まじらぬとには あらねども ひとり遊びぞ 我はまされる

 「ひとり遊びぞ」、そうなんだ、そうであったろう。それなくしてはと深くうなずかされるのである。「ひとり遊び」には深い含蓄がある。理屈なしに人を引き付け、素直に"良寛さま"と言えるのは、そうした己にこそ厳しかった日常生活と強い意志が、あったればこそであろうと思う。現実にはあり得べからざる生き方が、まごうことなくそこにあったという事実-。

 知性の輝きと抱き合わせにある、見事な清貧の像。近寄り難くして近寄り易きお手本としての類稀な日本の良心が、大きな星となって越後の空に輝き続けているのは、日本にとっての大きな幸福の一つだ。もしも、良寛星が北の空に輝かぬことを思うとき、日本の空はなんと落莫たる闇の世界となることであろう。讃え過ぎであろうか。
   (2010年6月5日号掲載)