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10 良寛に学ぶ(中)

 前回は良寛の生き方を取り上げ、「現実にはあり得べからざる生き方が、まごうことなく、そこにあったという事実」を書いた。それを具体的な事例を挙げて、良寛像を浮き彫りにしてみたい。

 乞食僧として
 無所得というのは、収入のないことをいい、転じて執着・分別を離れ、何ものにもとらわれない境地をいう。無一物とは、何も持っていないことをいい、転じて一切の煩悩を離れた境地をいう。

 要するに田畑はむろん、家も調度品も持たず、これは俺の物という財産らしき物は一切持たない。欲得とは無縁の赤裸々で、包み隠しがない。気楽で自由で物事に頓着しないというのである。

 一所不在(住)は一定の住所を定めないこと。謡の「鉢木」には「これは一所不住の沙門にて候ふ」とある。「沙門」は僧侶・修行者をいい、「沙門良寛」のように使う。

 行雲流水は空を行く雲と流れる水。一点の執着なく、物に応じ事に従って行動することをいう。「雲水」は行雲流水をつづめたもので、所定めず遍歴修行する禅僧をいう。

 墨染の衣 僧侶に衣は付き物であるが、総称として色衣といい、地位、格式などによって黒・青・赤・緋・紫など各種がある。墨染は文字通り墨で染めた黒色の衣で、僧が平常に、また位のない平僧や隠者僧がこれを着る。

 さて、事業家なり、あるいは政治家、スポーツマン、芸能家なりが、それぞれの職種にあって、志を掲げ、世に認められ、腕を磨き、地位の向上を目指すのは、またそれを目標として励むことは、邪道でもなければ謗りを受けることでもない。ごく当然の願いとしてあることが普通だ。

 僧侶を志したる者であれば、寺を持ち住職となることは、青年僧であったときからの夢であったはずだ。またそうあることに対して異存はない。

 ところで良寛の場合は、土地・住居・調度などの財産を一切持たず、借り住まいの草庵に明け暮れ、乞食僧として出発し、一介の乞食僧として生涯を送ったのだった。

 在野僧を貫く
 「在野」とは、官職に就かないで民間にいること-が辞書の説明であるが、良寛の場合で言えば、徹底して粗衣粗食、黒衣以外は持たず、長岡城主から大寺の住持を懇請されても

 焚くほどは風が持てくる落葉かな 良寛

と、さりげなく断るのだった。清貧の思想そのままであり、寺を持たず、葬儀をせず、権威にへつらわず、在野僧として大衆に寄り添い、一汁一菜、媚びず、衒わず、静かに己の道を歩き続けた。

 地位、欲得と無縁の生涯とは、言いやすくしてただ事ではない。自分がいままでどのように暮らしてきたか、どうありたいと願ってきたのかを比べてみれば、その差異は歴然であろう。

 良寛にはこんな歌がある。

 山住みのあはれを誰に語らまし あかざ籠に入れ かへる夕ぐれ 良寛

 五合庵は国上山の中腹にある。灯刻、その五合庵への坂道をゆっくり登ってゆく良寛の後ろ姿が見えてくる。野の草を摘みながら、夕餉の食材にでもしようというのであろうか。小さな籠に青物がのぞいているのである。
(2010年6月19日号掲載)