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10 アンボアーズ(フランス) ダビンチ終焉の地

10-kaigai-0626map.jpg ロアール川のほとりに、レオナルド・ダビンチ終焉の地がある。フランスをイタリアのような芳しき文化の薫る国にしたいと願ったフランソワ1世が、イタリアにいたダビンチを招いた地がアンボアーズであった。

 仲間や学生がよく私にこう尋ねる。「なぜ『モナリザ』がフランスにあるのか」。答えは、ダビンチがフランスで生涯を終えたから。彼は「モナリザ」「洗礼者 聖ヨハネ」「聖アンナと聖母子」の3枚の絵画を携えてフランスにやって来て、生涯手放すことはなかった。

 1519年に67歳で亡くなるまで、ダビンチの住んだル・クロ・リュセの館とフランソワ1世の部屋を地下でつなぎ、王は毎晩のようにレオナルドの話を傾聴したという。その薫りが今でも色濃く残るアンボアーズだ。

10-kaigai-0626-01.jpg もともとここは古代から高台に要塞が築かれていた。そこに、イタリアへ侵攻したシャルル8世が、戦には勝ったものの、爛漫と咲き誇ったフィレンツェのルネサンスの姿に打たれ、華麗な城を築いた。これがアンボアーズ城だ。現存するのは巨大な円塔・ミニムの塔と中央塔のみ。ここには、ダビンチの墓がある聖ユベール礼拝堂もある。

 そのアンボアーズの対岸に、日本人観光客があまり行かない"名所"がある。2007年暮れに案内してくれた地元ガイドも「日本人をここに案内したのはあなた方8人が初めて」と言っていた。

 それは川の神の巨人像だった。西洋では、古代から大河の要所に川の神(リバー・ゴッド)の像を設置し、守り神としてきた。水甕を抱えて座るのがお決まりのポーズである。

 この像は20世紀に作られた新しいブロンズ像だが、鎮座した座高は3メートル、脚を広げた幅は4メートルにも。流れるひげを持つその顔は明らかにダビンチである=写真上。後背筋が盛り上がった後ろ姿はミケランジェロの彫刻さながら。対岸からロアール川の流れとアンボアーズ城を見守っている=同下。

10-kaigai-0626-02.jpg 千葉大学名誉教授だった若桑みどりさん(1935〜2007)によると-。
 -ダビンチのモナリザは自然を構成する大地そのもので、喪服を着て妊娠している。大地こそは生命を生み育てる墓場である。その中で「変化してやまない水こそがレオナルドの宇宙観そのもの」というメッセージを私たちに残した。

 その証拠に、モナリザの背景は(1)まず川となる水が生まれ(2)豊かな川が都市を流れる(3)橋のある川へと動き(4)やがて砂に吸い込まれていく一生を描いている。「川の生命を表現しているのだ」-。

 パリのルーブル美術館で、あのモナリザを何回か見つめることがあったが、そのたびに若桑さんの説を思い起こした。アンボアーズのル・クロ・リュセの館では、額に収められた彼の言葉をしみじみ味わった。
 「良い一日は良い眠りをもたらし、良い人生は良い死をもたらす レオナルド・ダビンチ」
(2010年6月26日号掲載)