
「大蛇が棲む」「池には大ナマズが...」「ヒヒの巣がある...」とうわさはエスカレート。放課後、級友と連れ立ち見物に遠征したことがある。男子は自慢したいために、竹の垣根の下から潜り込もうと試みた。現実は「コラ!」と一喝>され、逃げ出すのが落ちだった。
最近になって郷土史家から「あそこは栗田神社の飛び地ですよ」という話を聞いた。お化け屋敷は神社だったとすれば納得がいく。巨大な古木があるのは神社の習いだからだ。

「私、実は戦後あのお化け屋敷で育ったのよ」という女性がいたので驚いた。中島医院の孫娘の五条貴美花(本名高坂朝子)さん。近年、「動書」で国際的にも活躍している書道家だ。
「では、大蛇やナマズ、ヒヒと一緒に育ったの?」と聞くと「馬鹿だねー。冗談もいい加減におし!」としかられた。史料を調べると、県史編纂で功績のあった故塚田正朋さんは「山王の森は栗田氏の勧請した日吉社のあった場所」と記述。中世史の笹本正治信大人文学部教授は「栗田村の飛び地・妻科村(現大字長野山王)にあった日吉山王社は、栗田氏=善光寺平の豪族=が戸隠の本寺である比叡山の守護神を勧請したもの」と解説している。
(2010年1月1日号掲載)