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01 建築一筋に〜信州で「風土と建築」実践〜

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 長野市柳原に宮本忠長建築設計事務所を設立して45年になります。私は昭和2(1927)年生まれですから80歳を超えましたが、現在進行中のプロジェクトをいくつも抱えていて、今でも現場に足を運んでいます。

 一般住宅はもちろん、御代田中学校など学校をいくつか。それから「小諸・古城周辺修景プロジェクト」と名付けた大掛かりな町づくりにも取り組んでいます。

 2年前から着手して大手門公園をはじめ、これから町を整えていきますから、少なくともあと3年はかかるでしょう。担当者からは「まだ死んでもらっちゃ困る」などと言われています。

 建築家の家に生まれ、早稲田大学で建築を学び、卒業と同時に佐藤武夫先生という、早大大隈講堂の設計などで知られた指導教官の事務所に入社しました。今振り返っても非常に厳しい修業時代を経ての今日までの歩みは、「建築一筋」といえると思います。

 私の事務所には別の名前がありましてね。飯山市にあった築百年の武家屋敷を移築したものなんですが「緑艸舎(りょくそうしゃ)」といいます。これは、25人の所員全員が心得ておくべき、僕の建築に対する考え方を凝縮したものです。「緑」は大気や風、信州という場にもつながります。「艸」は草。根を張って大地に強く生きます。

 佐藤事務所時代の仕事は、戦後の復興期でもあり規模も大きく充実したものでしたから、ずっと東京で、と考えたこともあります。

 ただ長野市民会館の設計を担当した時、長年のテーマだった「風土と建築」を実践できるのは信州だと確信したのです。風土から建ち上がる建築が、その風土の中でどう変化していくのかを見届けるべきだとの思いが強まり、故郷に戻る決意をしました。

 以後、「緑艸舎」の思想を実践するために歩んでおります。
(聞き書き・北原広子)
 (2008年10月11日掲載)

=写真=柳原の建築設計事務所で

宮本忠長さんの主な歩み

1927 昭和 2 須坂市で誕生
  34 9 須坂高等小学校常盤部入学
  40 15 旧制須坂中学校入学
  45 20 早稲田大学専門部建築学科入学
  48 23 同大理工学部工業系建築科入学
  51 26 佐藤武夫設計事務所入社
  53 28 青木範子と結婚
  64 39 長野市に宮本忠長建築設計事務所を設立
  65 40 長野市庁舎を設計。須坂市庁舎を設計
  73 48 国立長野工業高等専門学校非常勤講師(〜97年)
  76 51 小布施町の北斎館を設計。小布施町並み修景事業始まる
       長野県建築設計監理協会会長
  80 55 南牧村立南牧中学校を設計(中部建築賞、甍賞)
  82 57 長野市立博物館を設計(日本建築学会賞、公共建築優秀賞、
       建設省公共建築百選)
  83 58 信州大学工学部非常勤講師(〜2000年)
  84 59 高山村歴史民俗資料館を設計(甍賞)
  87 62 (社)長野県建築士会会長(〜2001年)
       小布施町の町並み修景事業(吉田五十八賞、毎日芸術賞、信毎賞)
  89 平成元 高山村山田温泉大湯を設計
  92 4 伊那市の信州高遠美術館を設計(公共建築賞優秀賞)
      黄綬褒章(建設振興功労)
  95 7 現東御市のケアポートみまきを設計(日本医療福祉建築賞)
      島根県津和野町の森鴎外記念館を建設
      (しまね景観賞優秀賞、甍賞、建設省公共建築百選)
  96 8 千葉県の国民宿舎サンライズ九十九里を設計
  98 10 北九州市立松本清張記念館を設計(日本建築業協会賞、
       北九州市都市景観賞)
       日本建築士会連合会副会長(〜2002年)
2001 13 善光寺の世界遺産登録をすすめる会専門委員
  2 14 松本市美術館を設計(日本建築協会賞、日本芸術院賞)
      日本建築士会連合会長(〜2008年)
  3 15 水野美術館を設計(長野市景観賞)
      小布施町立栗ガ丘幼稚園を設計(文教施設協会賞)
  4 16 旭日中綬章(建築設計監理業振興功労)
  8 20 日本建築士会連合名誉会長
 
宮本忠長さん