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14 スイス ミューレン〜青年が届けてくれた財布〜

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 スイスは観光立国、鉄道王国と呼ばれる。中でも特筆すべきは、ガソリン車の規制だろう。電気自動車や馬車が主たる交通手段の所もある。

 アイガーやユングフラウの懐・グリンデルワルトには毎年、日本からも観光客が押し寄せる。その前山(ガソリン車を規制している)にミューレンがある。そこからは、アイガーなどの名峰が一望でき、車内から「ワーッ」と感嘆の声が上がる。

 ミューレンへは登山電車で1時間。帰りは外国人バックパッカーよろしく歩くことにする。ゆっくりで3時間。登山電車の乗り口に着くはずだった。ところが誤って細い脇道に入ってしまった。おかしいと思ったら引き返せばよい。だが、日本と違った周囲の景色に圧倒されたせいか、不覚にも細い道を進んでしまった。

 家内が「引き返しましょう」と言うのを尻目に、「もう少し行ってみよう」と、イノシシ年の私らしく前へ前へ。くたくたになったころ、一軒の民家の庭先に出た。奥さんらしき人がいて、登山電車の場所を尋ねると、かなり戻らねばならないらしい。

 「どのくらい戻ればいいの?」と聞くと、「40分くらい」という。家内の顔がこわばった。厚かましくも奥さんに「お金を払いますから発着所か下まで車で運んでくれませんか」と切り出すと、「私はダメだけど、隣の家族に頼んでみたら。出掛けるみたいだから」。

 ほんとだ。車に家族がいる。奥さんは見送り。父親と息子だけで出掛けるようだ。お願いすると、「いいよ。麓の駅に行くんだ」。願ったりかなったり。ジグザグの下り坂を乗用車は進む。家内の安心した顔にホッとする。

 親子は町に用事に行くという。20分ほどで、鉄道駅ツヴァイリュッチネンに着いた。英語で手書きした名刺とバッグにあったお菓子をあげ、お金も払おうと思ったが丁重に断られた。「やはり田舎の人は親切だなあ」と感激。手を振って別れた。

 ところが、駅でグリンデルワルト行きの電車を待っている間に、大変なことに気付く。名刺を取り出す際に、後部座席に財布を置き忘れたのだ。財布には、お金のほか、大事なクレジットカードも入っている。私は「田舎の人だし、気付けばきっと戻ってきてくれる」と信じる。家内は悲観的だ。

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 乗ろうと思っていた電車は駅を発車して行った。むなしく1時間が過ぎる。と、その時だ。大型のバイクに乗ったヘルメット姿の青年が手を振ってこちらに向かってくる。やった!! 青年は「ここにいると思ったよ。大事な物を忘れたね。僕は修理の終わったバイクを取りに親父に送ってもらったのさ」。

 「クレジットカードが入っていて困っていたんだ。本当にありがとう」。お礼に、とスイスフランで5000円ほどを渡そうとすると「そんな大金持ったことない」と断ったが、私は「君はそれだけの親切をしてくれたんだ」。彼は恐縮しながら受け取った。記念に写真を撮り、送る約束をした。青年はさわやかにバイクで走り去った。
   (2010年9月11日号掲載)

=写真=財布を届けてくれた青年と撮った写真
 
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