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15 老人介護 ただならぬ事態 (1)

 「痴呆(ちほう)(認知症)というのは、それまであった知的機能がある時期から日常生活に支障が出るほどに失われること。...核となる症状は記憶障害...ピクニックに行ったときに、何を食べたかを忘れるのは、年齢に見合ったボケ。行ったこと自体を忘れたら、残念ながら痴呆の可能性が高い」(朝日新聞、1999・6・17、金澤一郎)のだそうだ。簡潔で納得のいく説明だ。残念ながら受け止めざるを得ない。

 「あれ、あれ」は日常茶飯事

 「このごろ忘れっぽくなって」「固有名詞が出なくなって」などは序の口で「そんな程度ならいいけどさぁ」などという会話を、よく耳にする。私なども他人事ではなく、「あれ、あれ」などはとうの前から常套語になっている。「岩手出身のほら"われ泣きぬれて"の...」「花巻の"雨ニモマケズ"の、あの...」といった調子で、石川啄木や宮沢賢治でさえ思い出せない。

 だが、この程度のことはお茶飲み話というもので、そこには深いため息や頭を抱えるような深刻さはない。永六輔著『大往生』にこんな川柳が載っている。

 死ぬ人がいなくなりそな健康誌
 待合室患者同士が診察し
 見舞客みんな医学の解説者
 糖尿の話ではずむクラス会
 分からないことは老化と医者は言い
 カロリーを説く保健婦も太りすぎ

 実際その通りだが、気の置けない同級会は雑談会のようなもので、この川柳に似たような話で持ち切りだ。そして、時には

 排便を一番と呼び尿は二番
 麻痺(まひ)の夫との符牒(ふちょう)十四年となる (内藤美智子)

 こんな歌が紹介されたりして、一同シュンとなったりもするのである。
 
 老老介護というやりきれない現実
 
 私も介護経験を持つが、次のような歌を読むと私の体験などはものの数ではないことを教えられる。

 母の手と吾が手を紐にゆわえて寝ぬ徘徊の母とのかなしき絆 (猪野富子)

 認知症の親をあやめし記事さびし呆(ほう)けたる母と十年くらす (飯塚哲夫)

 旅行や歩く会に「いかがです、ご一緒に...」とお誘いすることがよくあるのだが、「日帰りなら何とかできるが、泊まりがけとなると、ばあちゃんの介護があるので...」と断られることが、めっきり多くなった。そんな時は「そうだったのか」と絶句せざるを得なく、すみません、余計なことを聞いてしまいましたと、後悔の念が残る。

 「昼夜の別なくわめき声を聞かされるのは拷問に等しかった。/義母は便をこね回した。手のつめの間に、いつも便がこびりついていた。/いままで気づかずにいたのが不思議なくらい、母の痴ほうは疑いようもなかった。/自宅に引き取った母を連れ、病院に父を見舞うのが日課になった。母は朝から着替えを続けたあげく、セーターの上にパジャマ...」(朝日新聞「いのち長き時代に」から)

 老人介護の問題は、今や日本全土を覆ってただならぬ事態となっている。老老介護というやりきれない現実がそこにある。何とかしなくては、と誰しもが思っているのだが...。「国は何をしているのか」という声をよそに、無為な日々が過ぎていく。
(2010年10月23日号掲載)