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16 オーストリア ハル・イン・チロル〜忘れたカメラが戻るまで〜

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 インスブルックから、小さな町への日帰り旅行計画を立てた。駅の隣にバスターミナルがあり、そこから期待していたハル・イン・チロルに向かう。

 バス停のアナウンスに注意していたが、うかつにも乗り越してしまった。慌てて下車したのがワッテンス。宝石に目がない女性たちには垂涎(すいぜんの地だ。クリスタル装飾では世界に冠たるスワロフスキーの展示館がある。

 乗り越しは不幸中の幸いで"クリスタル・ワールド"の世界を堪能した。昼は近くの民家風レストランでおいしい郷土料理。ご機嫌な私はしこたまビールを飲んだ。これが仇(あだ)になった。

 上りのバスに乗り、「今度こそは」と慎重にハル・イン・チロルを目指した。隣席の青年と、この古き町とインスブルックやオーストリアの魅力などを談笑した。地元の人との語らいと触れ合い-これこそが旅の魅力だ。

 青年が「ここですよ」と教えてくれた。急いで家内と下車。バスが遠ざかって、ふと気付いた。大切なカメラを座席に置き忘れてしまったのだ。愛用のニコン一眼レフ。結局、中心部には警察もあろう、ということで覚悟をきめた。

 ハルとは「岩塩」の意味で、「チロル(地方)の塩」で古くから栄えた町だ。人口は1万余。世界で最初に作られたターラーコインの工場が残る。世界最初のドルで、英語のドル(ダラー)はターラーがなまったものだ。

 急な坂道を登り切った所に警察署があった。入り口で署員が英語で応対してくれた。日本人を見るのは珍しいのか、署長まで顔を出した。すぐにインスブルックのバス会社に電話で事の顛末(てんまつ)を話している。むろんドイツ語なので内容は分からない。

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 5分ほどして「オーケー。乗客が運転手に届けてくれたそうだ。その運転手が15時前にこの町を通るついでに届けてくれるから、15時にもう一度署に来てくれ」。私はホッとしたと同時に「その運転手にぜひお礼がしたい」と繰り返し言った。署長は「では、一般的なワインでどうだろう」と提案。近くの酒屋でボトル1本を買って署員に託した。

 予定の時間まで市内観光をして、1時間つぶす。「あの警察署の3人にも何かお礼がしたいね」「警察だから品物は受け取らないでしょ。だったら花束なんかどうかしら」。そんな夫婦の会話から、小ぶりのブーケを3つ花屋さんで調達した。

 定刻に"出頭"すると、署長が待っていた。彼は「あったよ。これだね?」。私は「え?これじゃない」。全く違ったカメラを手にしていた。そしてもう一つ。それも違う。笑いながら、彼は隠しておいた私のカメラを見せて「これだね?」。「そうです。それです」。金の斧(おの)・銀の斧のハル版だ。「お酒には気を付けて」とウインクしてみせた。

 私たちが花束を手渡すと、3人は目を輝かせた。「ダンケ(どうも)。これで家内もご機嫌だ」と、お礼を言ってハグしてきた。我々は玄関でそろって記念撮影とあいなった。
   (2010年10月9日号掲載)

=写真=カメラを預ってくれた警察署員たちと
 
私の海外交友記