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01 芸能生活50年 〜浮き沈みの激しい世界で〜

01-ayumi-1030p.jpg 「グランプリは倉石功君!」。今から49年前の1961(昭和36)年11月7日、東京松竹会館にわく拍手と歓声。信州でのんびり暮らしていた高校3年生の僕が、俳優「倉石功」としての人生を歩み始めた瞬間でした。

 思いがけず「ミスター平凡コンテスト」で優勝し、芸能界という未知の世界の扉が開きました。縁のない世界だけに両親は随分と心配したようです。いずれは実家のスーパー経営に携わる予定でしたが、無理を押し付けられることもなく、末っ子だからと好きな道を選ばせてもらえました。兄たちがしっかりしていたおかげで、自由にさせてもらえたと感謝しています。

 翌年にはスクリーンデビューし、主役も何本かこなしましたが、娯楽が映画からお茶の間のテレビへと移り、僕の仕事もテレビ中心となりました。20代はテレビの仕事に追われ無我夢中。30代は夫、父親としての役目も始まりました。

 芸能界は浮き沈みの激しいところ。厳しさを身をもって感じたこともあります。でもそんな時、不思議なことに手を差し伸べてくれる人がいるんです。ありがたいなと思います。

 僕もあまり欲がなく、甘えた気持ちもありました。俳優人生の途中までは商人的発想で、生活基盤をきっちりしなければと、性格俳優というより生活俳優でしたね(笑)。

 芸能生活も来年で50年。半世紀という節目の時を迎えます。今は舞台俳優としてステージに上がることが多くなりました。

 いつどんな役が来るか分からないので、とってある舞台衣装がいつでも着られるように、体形は30代から変わっていません。

 健康法は、週2回1時間プールでウオーキングし、1日5000〜6000歩を目標に一駅間を歩いたりと、毎日ちょっとの運動を心掛けています。一番は食事で、脂物はあまり取らない、間食はしないと、かなり気を付けているつもりです。

 60を過ぎてから、人に感動を与えるためにも、自分の喜びのためにも、この仕事をやっているんだと考えられるようになりました。観客から「面白かった」「感動した」と言っていただけることが一番うれしいですね。60代が精神的に一番充実した時期になるのではないかと思います。
(聞き書き・西沢よしえ)
(2010年10月30日号掲載)

倉石功さんの主な歩み

1944 昭和19 長野市南石堂町に生まれる
  50 25 山王小学校入学
    56 31 南部中学校入学
  59 34 長野中央高校入学
  61 36 「ミスター平凡コンテスト」グランプリ受賞
  62 37 日大芸術学部・演劇学科入学
      大映映画第16期ニューフェースとして入社
  63 38 「停年退職」で映画デビュー。「若い樹々」「高校三年生」「黒の死球」、NHKジェスチャーに    出演
  64 39 「続・高校三年生」「制服の狼」「幸せなら手をたたこう」
  65 40 「青いくちづけ」。TBSテレビ「ザ・ガードマン」杉井隊員役でレギュラー(〜1971)
  67 42 「痴人の愛」
  72 47 現代演劇協会「欅」入団、「雲」にも所属
  73 48 テレビ「パンチアウトボール 」司会(〜1974)
舞台「ベニスの商人」「アニーよ銃をとれ」
  74 49 吉田秀子さんと結婚。舞台「赤ひげ」
  75 50 長男・一樹くん誕生 
NETテレビ「特別捜査機動隊」田坂刑事役でレギュラー
  76 51 「ぴったしカン・カン」レギュラー回答者
  78 53 「多羅尾伴内」「野性の証明」
  79 54 「黄金の犬」「戦国自衛隊」ほか角川映画に多数出演
  83 58 NHK大河ドラマ「徳川家康」で黒田長政役
  84 59 TBSドラマ「スクール☆ウォーズ」レギュラー(〜1985)
  89 平成1 NTVドラマ「湘南物語」レギュラー
  90 2 TBSドラマ「スクール☆ウォーズ2」レギュラー(〜1991)。舞台「ノーセックスプリーズ」
  92 4 舞台「恋の冷凍保存」主演。以降、舞台俳優として活躍。主な舞台は「シャンブル・マンダリン」「毒薬と老嬢」「(ミュージカル)アプローズ」「名探偵ポワロ ブラックコーヒー」 (〜2010)
2005 17 テレビ東京「土曜スペシャル」・バラエティー番組
  10 22 舞台「マウストラップ」
 
倉石功さん