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05 高校生活〜長野中央1期生に 友に恵まれ楽しく〜

05-kuraishi-1127p.jpg 高校は、長野中央(現長野日大)高校に1期生として入学しました。新設の私立学校で、蛇腹(チャック式)の制服に革靴という、これまでにないスタイルも話題だったようです。それまで下駄履きだった僕も、生まれて初めて革靴を履きました。

 ただ僕は制服にあこがれて入ったわけではなく、他校の受験に失敗しての入学でした。中には長野高校の受験に失敗した者からまるっきり勉強ができない者までいて、その学力は両極端でしたね。

 うわさでは1組から6組まで試験の成績順にクラス分けされていて、点数がいいほど後のクラスだったそうです。幸いにも僕は6組でした(笑)。2年生で進学組と就職組とに分かれたんです。僕は進学クラスでした。

 部活動は陸上競技で200と400メートルの中距離が得意でした。円盤投げや槍投げもトライしましたが、背が高かったため陸上のほかに、先生の勧めで9人制バレーの前衛としてバレーボール部にも所属していました。

 学校は新設校の名を上げるためスポーツに力を入れ、当時は体操部が全国大会で上位入賞し、名を知られるようになっていました。

明大ボート部へ推薦
 ちょうどそのころ、東京オリンピックに向けボート競技の強化選手育成のため、候補生を全国から募集していました。手足の長さや身長、体重、握力など、体格が一致することが条件で、僕が規定にぴったりと当てはまったんです。

 高校入学の時の身長は170センチで、一番伸びたのが1年生の時。183センチになっていました。あまり急激に伸びたので、制服が小さくなって困ったほどです。強化選手に選ばれたことで、明治大学のボート部へ推薦入学が決まりました。

 学校ができた当初は校庭が狭くて、体育の時間には桑の木の根っこにロープをかけて抜き、自分たちでグラウンドづくりをしました。大変でしたが、いい思い出です。

 1期生で先輩もおらず、のびのびとした高校時代でしたね。その自由さが勢いあまって、やんちゃな行動へと走らせてしまいましたが...。警察ざたにはなりませんでしたが、他校の生徒とささいなことでけんかになり、権堂町の秋葉神社で対決-なんて事件もありました。帽子をテカテカに光らせたり、不良ぶるのがカッコいいと思われたころの思い出です。
女子高生から恋文

 女子生徒の視線が気になり始めたのは2年生のころかな。長野駅から信濃吉田駅まで長野電鉄の電車通学でしたが、本郷駅で女子高生たちが降りるまでは満員状態。ラブレターも全部で20〜30通くらいもらいました。当時は文通がはやっていたんですが、僕は字が下手なので、どうしてもというときは友人に代筆を頼んだりしました。でも毎回というわけにもいかず、文通はほとんどしませんでしたね。

 デートは学校の規則では禁止されていた喫茶店でお茶を飲むくらい。女性に慣れていないので、話題もなく手も握らずと、かわいいものでした(笑)。

 高校時代は友人にも恵まれ楽しかったです。
ガールフレンドのこと、進路のこと、仕事のことなど、大人になる通過点だったんですね。

 3年生の春、友人たちと東映の撮影所に遊びに行きました。高倉健さんや松方弘樹さんと出会い、一緒に写真を撮らせてもらいました。その時はまさか半年後、自分が同じ芸能界に進むとは思ってもいませんでした。
(聞き書き・西沢よしえ)
(2010年11月27日号掲載)

=写真=高校3年の春、友人達と一緒に高倉健さんと(後列右端が私)

 
倉石功さん