記事カテゴリ:

16 老人介護 ただならぬ事態 (2)

 いつごろからか「老老介護」という言葉を、見たり聞いたりするようになった。なんとも切実な、やりきれない情景が伝わってくる。長寿っていったいなんだろう、そんな声も聞こえてくる。

これだけは
忘れないでね
 姫路市在住の進藤てる子さん(83)に、老老介護の体験を詠んだ『伴に生きて』という歌集(2005年刊)がある。夫の正春さんを19年間介護してきた体験が、飾らずありのままに語られている。

 「お父さん忘れないでね これだけは」
 鴨居に下げるわが名「てる子」を

 「お父さん」は言うまでもなく、正春さんであろう。お気の毒であるが呆(ぼ)けの症状が、相当に進んできたものと察せられる。夫の枕元からよく見える真正面の鴨居(かもい)に、筆太で「てる子」と書かれた札を下げたのである。何が分からなくなっても、わたしの名前だけは忘れないでね、とてる子さんの祈るような気持ちがそこに込められている。

・くり返す夫の粗相(そそう)に甲高き われの地声がトイレにこもる
・叱(しか)られて眠れる夫の手を握(にぎ)る 明日から叱らぬわれでありたし
・蹌踉(そうろう)と夫の車椅子(いす)押すわれに 力貸しませ亡き父母よ
・置き場所を忘れて探すわが眼鏡 惚(ほう)けし夫がかけてすませり
・終日を夫の入れ歯を探せるに 何失(な)くしたと呆(ほう)けし夫は

 蹌踉は足元が定まらずよろける様を言う。車椅子を押すわたしの足元もふらつくと言うのである。

 木洩(こも)れ日の道をゆっくりと進む老夫婦の足どりは、太い絆で結ばれている。「ふたりゆく若きはうるわし、老いたるはなおうるわし」(ホイットマン)を絵に描いたような姿が目に映るのである。
 「夫は童子のごとく」という正春さんは、84歳で亡くなられたという。

 羨(うらや)むべき晩節
 だれだって自分の肉体をさらけ出して、排泄(はいせつ)の世話までしてもらうことは潔しとはしないのである。介護することの大変さはよく分かるが、介護されるのはもっと大変なのではなかろうか。

 歩くことはおろか、寝たきりになったとき、自分ではどうすることもできない状態にあることを、自分に言い聞かせざるを得なくなったときの、もどかしさ、切なさ、淋(さび)しさ、その慚愧(ざんき)に堪えない心情を思うとき、それは察して余るとしか言いようがない。その場にあっても慰める言葉がないのである。

 私は敬愛する老人が寝たきりになり、自らの不始末で焼死した事実を知っている。老人はタバコが好きで寝ながら吸っていたとき、うつらうつらとなり、その燃え止(さ)しが蒲団(ふとん)に落ちたのだが、それに気付かない。

 やがて火は蒲団を焦(こ)がしてチリチリと燃え広がった。気付いた老人は火を消すことはむろん、蒲団から這(は)い出すことも、寝巻に燃え移ってきた火を払い除(の)ける力もすでになかったのだった。帰宅した家人によって、直ちにバケツで水がぶっ掛けられ、家は大事には至らなかったのだが、老人は時すでに遅く、真っ黒になった蒲団から畳に燃え広がりつつある中で、焼死体となって発見されたのだった。断末魔の悲劇としか言いようがなかった。

 老人は歌を詠(よ)み、木彫を嗜(たしな)み、枯淡の境地に遊ぶ粋狂人であった。没後、私は老人の『水明集』を編み、木彫展を催したりしたのだったが、人々の声は悲惨な死を悼(いた)むというより、羨むべき晩節を称(たた)えたのだった。
(2010年11月20日号)
 
美しい晩年