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03 「成功の甘き香り」(1957年) 〜映画評読んで出掛けたが...

 Q 新聞の映画評を読んで、すごく楽しみにして映画館へ出掛けたのですが、全く面白くありませんでした。私がおかしいのでしょうか?

 A よく頂く質問です。実はつい最近、新聞記者の方からも同じような質問を受けました。もちろん、あなたがおかしいわけではありませんので、ご安心ください。趣味や価値観はそれぞれですから、親子や夫婦でも、映画への評価が分かれるのは当然。評者とあなたの物差しが違っただけのことです。

 とはいえ、メディアが興行界に持つ影響力の大きさは、今も昔も変わりません。メディアの裏側を見事に描いた名画を1本ご紹介しましょう。

 1957年の米国映画『成功の甘き香り』
ニューヨークの人気新聞コラムニスト、JJはショー・ビジネス界に絶大な影響力を持っています。彼は、情報屋シドニーのコラムニストになりたいという野心を利用し、自分の妹と恋に落ちたジャズ・ギタリストとの仲を裂くよう命じ、まんまとギタリストを罠にかけるのですが...。

 時代とともに、新聞からテレビ、ブログへとメディアの形態は変化しても、情報によって人を操作しようとする傲岸不遜な人間たちの存在はメディアの世界に共通するものなのでしょう。

 監督はアレクサンダー・マッケンドリック、JJには、この作品で性格俳優としての新境地を開き、後にヴィスコンティ作品でも重厚な演技を見せるバート・ランカスター、シドニーにトニー・カーチス。2人の交わすせりふはシナリオの教科書とも言えるほど見事なものです。モノクロのニューヨークの町を背景に流れる印象的な音楽は、おなじみエルマー・バーンスタイン。ジャズ好きには、チコ・ハミルトンの出演も魅力でしょう。

 実際、メディアの映画評にはさまざまな種類があります。本コラムのように、評者が自分の趣味や価値観から、全く自由に書くものもありますが、多くの場合、まず宣伝という側面は免れません。

 そこで映画評が単なる宣伝か否かを見分けるための簡単な方法をご紹介しましょう。

 映画の配給元が宣伝のために流す広報資料は、どこのメディアにも同じものです。複数のメディアの記事を読んで同じことが書いてある部分は、広報資料を基に書かれた可能性が高いのです。そこは差し引いて、評者自身の鑑賞力で書かれた部分を読めば、作品への愛情が透けて見えてきます。評者の本音部分に愛が感じられ、そこが自分の趣味や価値観と一致すれば、ハズレはないと思います。
 
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