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12 先輩スター(下)〜クールな田宮さん 親しかった本郷さん〜

12-kuraishi-0122p.jpg 大映の現代劇の看板スターとして活躍されていたのが「昭和のクールガイ」と呼ばれた田宮二郎さんです。

 田宮さんとは『大悪党』で共演しました。山本薩夫監督の『白い巨塔』も撮影中に見学に行きました。「僕も出演したいな」と思ったけれど、まだ若過ぎてキャスティングされませんでした。

 田宮さんは本名の「柴田吾郎」だった端役時代、撮影所に外から何回も電話をかけ、自分で自分を呼び出しては、撮影所の人たちに名前を覚えてもらうということをしたそうです。「大毎オリオンズ」の強打者「田宮謙次郎」にあやかり、永田雅一大映社長が名付け親という形で改名されました。名実共に人気スターの仲間入りした作品は、僕も大好きだった勝新太郎さんとコンビを組んだ「悪名」シリーズでした。

  勝さんとは逆の性格
 でも本当は、田宮さんは勝さんとの共演を嫌がっていたそうです。というのもイタズラ好きな勝さんと、真面目な田宮さんとは真逆の性格で、肌が合わなかったようなんですね。脚本が面白かったため渋々出演したところ、映画は大ヒット。相棒役の「モートルの貞」から「清次」役まで14本が作られました。田宮さんは軽妙な芝居の魅力も光って新境地を開いたものの、勝さんの悪ふざけに耐えられずコンビを解消してしまいました。

 田宮さんは英語も堪能で、後にハリウッドに進出して『イエロー・ドッグ』を製作、主演も果たしました。映画製作の夢があったせいか、金銭にはしっかりした人でした。こんなところが豪快な勝さんからみると、そりが合わない理由の一つだったようです。

 あんなにダンディーでニヒルで魅力的な田宮さんは43歳で自ら命を絶ってしまいました。亡くなる半年前、偶然国際放映の撮影所で出会ったのが最後になりましたが、大映にいらした時よりオーラを感じなかったことを覚えています。

 俳優同士では親しくなると「ちゃん」づけで名前を呼ぶことがありますが、僕がそう呼ばせていただくほど、一番親しかった先輩が本郷功次郎さんです。『停年退職』での共演がきっかけですが、僕の姉役の藤由紀子さんの恋人役が本郷さんでした。

 本郷さんは主役を取るたびに、その当時はギャラが倍に上がったと聞きましたが、僕は上がらなかったですね(笑)。まだギャラも少ない僕にとって、自腹ではとても行けないおしゃれで高そうな店に、よく飲みに連れて行ってもらいました。本郷さんはお酒が強く、「二日酔いくらいで芝居ができなきゃ、役者なんかできないぞ!」と言われ、いつも明け方まで付き合わされたものです。

  せりふは現場で覚え
 そのせいもあってか、せりふは現場で覚えるという悪い癖がついてしまい、後になって苦労しました。「ザ・ガードマン」はテレビでしたが映画と同じ撮影スタイルで、1シーンを1台のカメラで何カットにも分けるため、長いせりふを覚えなくてもよかったんですよ。

 ところが宇津井健さんの推薦でテレビドラマの「たんぽぽ」に出演した時は困りましたね。スタジオのため1シーンを何台ものカメラで一気に撮り上げるので、NGを出すと最初からやり直しです。当時のVTRは1カ所編集するのにも随分手間がかかったため、せりふは全部覚えておかなければならず、これまでやってきたことがスタジオでは通用しないと思い知らされました。
(聞き書き・西沢よしえ)
(2011年1月22日号掲載)

=写真=『大悪党』4725円 発売・販売元 角川書店
(C)1968 角川ヘラルド映画

 
倉石功さん