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20 殿方よ 定年後が大事

 「定年後」は退職後でもリタイア後でもいい。定年後が大事なのは、むろん男女を問わないのであるが、あえて「殿方」としたのは、男性に物申したい理由があってのことである。

 亭主は粗大ごみ
 まっしぐら

 シニア大学でのこと。休憩時間になると、女性は決まって何人かが集って輪をつくり、茶菓子や漬物が次々と並ぶ。話が弾む。仲間づくり、友達づくりが実に上手い。

 そんな時、「ねえ、あの男の人一人でいるけど、お茶に呼んでやらない」。すると一瞬シラーッとして、こんな会話が交わされることがある。「呼んでもいいけどさァ、あの人すぐお説教始めるからさァ」「そうそう、いかにも見下したようにね。教えてやるぞって言わんばかり」

 要するにシニア大に来てまで威張られるのは御免、退職したのに肩書をひけらかされたりではたまらないと言うのである。つまりはそういう御仁は煙たい存在なのだ。

 男性は休憩時間といっても、トイレへでも行けば後は用がなく、時間が来るまで黙って座っているだけの人が多い。仲間づくり友達づくりは、どう贔屓目(ひいきめ)にみても女性にはかなわない。でもシニア大なり地域の学習に出てくればいい方で、男性にはそういうことには縁なき衆生と言わんばかりに、振り向きもしない人が多い。

 女性に比するとき、その差は歴然だ。先日も200余人集った地域学習の会場に、男性の姿はパラパラだった。お茶飲み話に「ウチの亭主は粗大ごみまっしぐら」と言って一同を大笑いさせた人もいたりした。

 プライドはさらり
 と捨てよう

 芭蕉は「高悟帰俗」(高く悟って俗に帰る)と言った。とてつもない境地で近寄り難いが、福沢諭吉はまさにそういう人柄だったのだそうだ。一万円札の顔として不動の地位にあり、世の師表(人の師となり手本となること)として仰がれるのは、そんな人望があってのことであろうか。

 諭吉の風貌には、清濁併せのむ度量と寛容さがある。慶応の塾長時代、帰宅途中そこいらの民家の縁側に腰を掛けて、世間話に興ずることがしばしばだったという。越後の良寛が日本の空に輝く特等星、類まれな日本の良心として、誰からも「良寛様」と慕われるのも、それあってのことであろう。

 「あの人はエライ人だそうだけれど、威張らないからいいよネ、ご立派ネ」と言われる人の人品の基準は、どうやら「高悟帰俗」の世界に通底しているようだ。諭吉だ、良寛だと特級の人物を持ち出さなくとも、私たちの周りには「年取ったらあのばあちゃん(じいちゃん)のようになりたい」「お手本にしたい」という人がいることに気付かされる。

 退職して新しい人生のスタート台に立つ時には、肩書やプライドはさらりと捨てなければならないのだ。「シニア大学? 今更そんなとこへ行けるか」。沽券(こけん)にかかわるなどと言うなかれ。捨てれば肩の荷がすーっと抜けて清々するのだ。新しいステップが踏み出せるのである。軽快なフットワークに胸が躍り、今までとは違った生き生きした自分が見えてくるのである。

 内にこもって世の中を見ようとしない過ごし方は、自ら呆けと寝たきりを招き、命を縮めるだけだ。何かを始めようとする限り、あなたは大丈夫だという。80であろうが90であろうが、今日という日はあなたにとって一番若い日だ。それを新しい出発の日としなくて、どうするというのか。手を拱(こまね)いていては、「美しい晩年」は遠のくばかりである。
(2011年2月19日号掲載)
 
美しい晩年