記事カテゴリ:

19 舞台俳優に 〜映画と違い戸惑う お客様の反応じかに〜

19-ayumi-0312.jpg 大映倒産後、本当に困ったのがマネジャー探しでした。大映は制作会社のため俳優のマネジメントまではしていませんでした。5社協定で他社への出演を制約していたため、他社のことは全く知らず、途方に暮れて相談した方が「ザ・ガードマン」のプロデューサーだった春日千春さんです。

 春日さんの勧めもあり、俳優としての勉強をもう一度最初からやり直したいと思い、「劇団欅(けやき)」に準劇団員として入団させていただきました。

  権威の前でドキドキ
 劇団欅を設立した一人が、現代演劇協会の創立者でシェークスピア戯曲の第一人者として知られる福田恆存(つねあり)氏です。オーディションでは台本を読みましたが、テレビの時の気楽さとは違った異様な雰囲気に緊張しました。役を分析し理論的にやってください-と何回もやらされましたが、演劇界の権威の前だけに、これまでドキドキしたことがない僕も、この時ばかりはさすがに硬くなってしまいました。

 一番カルチャーショックを受けたのは、稽古に時間をかけること。役者たちが顔を合わせるテーブル稽古、本(=台本)読みでは、訛る役者がいると訛りの直しだけで1週間もかかりました。稽古に1カ月以上もかけたのは初めての経験でした。

 映画の場合はカット割りがあり、せりふはその部分だけ覚えればいいわけです。1カ月も前に台本をもらうことはなく、目を通すのは5、6回程度。NGを出しても何回でもやり直しがききましたが、舞台はそうはいきません。

 劇団には中条静夫さんも一緒に入団しました。中条さんは大映時代の先輩でもあり、「ザ・ガードマン」で
7年間共にした仲間でもありました。中条さんは大部屋から抜てきされた苦労人です。しゃべりがうまくて、『高校三年生』の舞台あいさつで全国を回った時にずっと司会を担当してくれていたんです。「ザ・ガードマン」の時も、話術の面白さが人気で、空き時間があると皆で集まって話を聞いたものです。人間的な魅力のある役者さんでした。

 劇団での初舞台は『ベニスの商人』です。そこで起きたのが、裁判官役の中条さんの絶句事件。芝居のベテランですが初舞台という緊張感からせりふを忘れてしまい、3分間くらいシーンとしたまま。裁判長の難しいせりふでもあり、僕たちはプロンプ(陰の声)を付けることもできず舞台は怖いなぁと洗礼を受けました。僕にとっては怖さとともに、お客さまとじかに接して反応を感じ取ることを知った初舞台でした。

  役者の大変さ知る
 「ザ・ガードマン」「特別機動捜査隊」など刑事物が続いたこともあり、番組が終了した後、イメージの払拭に苦労しました。長期間同じ役を演じ続けるとイメージが固まってしまい、何をやっても刑事の顔だと言われてしまうんです。殻を破るために逆に犯人役などいろいろやりましたが、役者の大変さを知りました。

 このころは仕事が激減し、つらかった時期ですね。俳優ではやっていけないのかな、と思ったこともありました。結婚して2年目。妻や応援していただいた方々のおかげで、何とかやっていくことができました。妻は「私が福の神よ」なんて笑っていますが、本当によくやってくれたと思います。
(聞き書き・西沢よしえ)
(2011年3月12日号掲載)

=写真=黒柳徹子さんと「シャンブル・マンダリン」の舞台で共演


 
倉石功さん