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21 ゴルフ 〜尾崎プロの助言得て 少しでも有意義に〜

21-kuraishi-0326p.jpg ゴルフを始めたのは19歳からです。ある日突然、大映の俳優課長に呼ばれ「あさって、ゴルフに行くぞ」と言われました。取引銀行の支店長接待で、少しは顔を知られた俳優を連れて行かなければならなかったのか。

 それにしても、まだ練習場でしかクラブを振ったことのない僕をなぜ?と思いました。後から聞いたところでは、支店長の娘さんが僕のファンで、写真を撮ってサインをもらってきてほしいということだったようです。

 散々なデビュー
 忘れもしない、名門青梅カントリーの1番ホール。いきなりティーショットを谷底に落としてしまい、打っても打っても上がらず、やっと上がったと思ったら今度は林の中と、散々なデビューでした。

 それから5年くらいはやらなかったですね。自分でゴルフをやる経済的な余裕もなかったので、ずっとボウリングをやっていました。

 そのころ出会ったのが、当時、年間10勝以上と全盛期を迎えていたジャンボ尾崎さんです。雑誌の取材の仕事で一緒にゴルフをする機会があり、「ボウリングの球を投げるのと同じだよ」とグリーン周りのアプローチのアドバイスをしてもらいました。コンペのたびに声を掛けてくれ、舞台を見に来てくれたり、結婚式にも出席してもらうなど、今も親しくお付き合いさせていただいています。

 僕は仕事を離れたときは芸能界の人とあまりお付き合いはしていませんが、別の世界の人たちとゴルフをしたり、いろいろな話をすることは大変勉強になり面白いですね。

 芸能人の名前を冠にしたチャリティーゴルフ大会は多く、そういうものにはよく参加しています。毎年行われる芸能人のチャンピオン大会「叙々苑カップ」にも出場しています。

 僕は教え上手なレッスンプロとの出会いがなかったので、ずっと自己流でした。たまたま教え上手なプロと出会い、スランプから抜け出ることができました。良き指導者との出会いということでは、芝居と共通するところがありますね。

 僕はホールインワンを2回やっているんですよ。1回目は記念品を作りましたが、2回目はどうしたものかと思案しているうちに思い出したのが「ねむの木学園」です。

 実は家内が、実家の土筆(つくし)亭に吉行淳之介さんと一緒によくいらしていた宮城まり子さんと顔見知りでした。

 ある時、東京のギャラリーで開かれる「ねむの木学園」の子どもたちの作品展のお知らせを頂き、直接にお話ができました。キャンバスに自由奔放なタッチで描いた子どもたちの世界は開放的で素晴らしく、感動しました。毎年、学園に信州のそばを贈るなど、交流はもう20年ほどになるでしょうか。

ねむの木学園に寄付
 ホールインワン記念に「ねむの木学園」に寄付をし、関係の皆さまにははがきで報告して了承していただきました。毎年暮れは、子どもたちが描いた絵のカレンダーが届くのを楽しみにしています。

 僕の長野中央高校(現長野日大高校)時代の同級生で、長野のマネジャー!?と信頼している親友の岩崎法夫君も協力してくれた「倉石杯」のコンペが長野であった時は、上田の養護学校にも寄付をさせていただきました。ゴルフも楽しむだけでなく、少しでも有意義なものにしたいと思っています。
(聞き書き・西沢よしえ)
(2011年3月26日号掲載)

=写真=ジャンボ尾崎さんから賞品を受け取る


 
倉石功さん