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03 「何」という質問が知性の働き促す

Q 知性の仕組みは、すべての人間が同じように持っているのですか?
A はい、そうです。

 知性の仕組みは、時と場所を超えて、すべての人間が共通して持っている仕組みです。その共通性にまつわるエピソードをご紹介しましょう。

 明治時代、金田一京助という国語学者が、樺太アイヌ語の研究をするために樺太に渡った時のお話です。金田一は、研究しようにも、知っている樺太アイヌ語はゼロです。彼の周りには樺太アイヌの子どもたちが物珍しげに群がってはくるのですが、コミュニケーションのきっかけが、なかなか見つかりません。困り果てていたある日、金田一は、ふと思いついて、持っていたスケッチブックに、子どもの顔を描き始めました。まず描いたのは目でした。すると、その絵を見た子どもたちが口々に「シシ」「シシ」と言い始めます。つまりそれが、「目」を意味する言葉だったのです。金田一は次々に、鼻、口、まゆ...と描いて、たちまちのうちに顔の部分に関する言葉を十数個手に入れました。

 しかし、絵で描けるものには限りがあります。そこで、金田一は「何」という疑問詞を手に入れようとします。

 そこで、ふと思いついて、もう一枚紙をめくって、今度はめちゃくちゃな線をぐるぐるぐるぐる引き回した。年かさの子が首をかしげた。そして「ヘマタ!」と叫んだ。するとほかの子供も皆変な顔をして、口々に「ヘマタ!」「ヘマタ!」。
「うん! 北海道で『何』のことを『ヘマンダ』という。これだ」と思ったから、まず試みようと、身のまわりを見回して、足元の小石を拾って、私からあべこべに「ヘマタ!」と叫んでやった。

 驚くべし、群がる子供らが私の手元へくるくるした目を向けて、口々に、「スマ!」「スマ!」と叫ぶではないか。

 ...たった、こうした間に、私と全舞台との間をさえぎっていた幕が、いっぺんに、切って落とされたのである
 (金田一京助『ユーカラの人びと』より)

 お分かりですね。このとき金田一が「何」という言葉を見つけるために行ったのは、子どもたちの目の前に「正体の分からないもの」を突き付けることだったのです。訳の分からないぐるぐるした線描を見せられた子どもたちは、人類共通の知性の仕組みが働くままに、質問を抱き、その質問を表す「何」という言葉を口にしたのです。

 このエピソードは、我々が、越えがたい文化の壁にぶつかるとき、人間である限り共通して持っている知性の仕組みが、文化間の橋渡しの役割を果たし得ることを物語っています。

(2008年5月31日号掲載)
 
たてなおしの教育