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057 戸隠神社2 〜天の岩戸 神話に瑕疵 苦肉の2枚説

 戸隠神話には、重大な瑕疵が含まれている。瑕疵とは傷のことだ。

 代々の戸隠村長は先輩から「この傷は、公言してはならない。深く胸に秘めて行政に当たれ」と語り継がれてきたという。

 それほどの重大な傷とは何だろう。

 何代目の村長の時かは定かでないが、ある日、威厳あふれる立派な紳士が村長室を訪れ、「ちと物申したいことがあって日向(宮崎県)の高千穂町からやって来た」とささやいた。

 紳士の言い分を要約すると(1)天照大神をめぐる神話は日向神話の神髄であり、戸隠が記紀神話をかすめ取り、神話の国などと宣伝しているのは由々しき事だ(2)古事記、日本書紀の舞台は日向であって、戸隠ではない(3)神社本庁も黙視できないとの見解だ-。

 「高千穂の天岩戸は御神体で、奥行き9メートル、幅18メートルもある洞窟だ。戸隠のどこに岩戸洞窟があるのか。肝心の岩戸はどこに隠してあるのか! 本家・高千穂町に無断で勝手なことはするな」というのが紳士の結論だった。

 理路整然と理由を並べられ、時の村長は抗弁のしようもなかった。ひそかに戸隠の神主や知識人が参集して鳩首会談が開かれた。良い知恵は浮かばず、つまるところこんな結論になった。

 「高千穂にはかなわねえなあ〜。頭を下げるしかあるまい」

 「おらほは後発組だもんなあ〜」

 戸隠神話も、あらかたの庶民に受け入れられている。「どうぞ、ご容赦を-と言って、頭を下げるのが得策じゃねえかい」。高千穂の権威は認めて、恭順する-という策がひそかに敢行された。

 「下手(したで)に出てくるなら、町村の姉妹提携をしてやる」というのが高千穂町の対応だった。

 当面の危機は回避されたが、戸隠神話の脆弱性がなくなったわけではない。

 戸隠神話を擁護する理論を確立しなければ-。この命題に果敢に挑戦したのが、長野市との合併前の最後の村長、横川欣一さんだ。

 ある夏の夕方、村長室の巨大なガラス窓から、ギザギザの西岳を眺めていた。突然、黒雲がわき起こり、稲妻が走り、雷鳴がとどろいた。黄金色に輝く"火の玉"のようなものが村長室を駆け抜け、横川村長は気絶した。人事不省1時間余、正気に戻った村長に天啓がひらめいた。

 その後、村長室ではこんな対話が繰り返されるようになった。

 「天の岩戸は何枚あったか、ご存じですか」 「えーッ、1枚じゃないんですか?」と訪問客。
 「実は2枚で、岩戸は観音開きでした。左右にギー、ギーと開くんです。お隠れになった天照さまを導き出して、ドアを開けたのが手力男命(タヂカラオノミコト)でした。手力男は右の1枚を遠く東に投げました。それが信州の戸隠に。左の一枚は西に、日向の高千穂に落ちたのです」
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 以後、村長室のソファで訪問客が腹をよじる光景が茶飯となったという。
(2009年1月17日号掲載)
イラスト・近藤弓子
 
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