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063 戸隠神社8 〜宝光社 キリンビールのマーク説も

「ビールはキリンでなくっちゃ」「キリンのラガーこそ、あの苦味こそ」という根強いファンがいる。

 戸隠の古老から「キリンビールのあのマークは、実は宝光社社殿の麒麟(きりん)の彫刻が出所なんだよ」という話を聞いた。初耳の人が大半だろう。

 事実かどうか、戸隠関係の文献を洗いざらい当たってみたが、出てこない。そのうちに「六角(ろっかく)とかいう、えらーい絵描きさんの名前を聞いたことがある」という人がいた。珍しい名前である。古今の有名人を網羅した『現代日本-朝日人物事典』に詳述してあるのを見つけた。

 「六角紫水(ろっかくしすい)(1867〜1950)漆芸家。明治26年東京美術学校(現・東京芸大)を卒業。岡倉天心とともに古美術を研究、1904年岡倉に同行、横山大観らと渡米、ボストン、メトロポリタン美術館の日本美術を研究。24年母校教授に就任-正倉院御物などの古典研究に基づいた技法の作品を発表、帝展、新文展、戦後の日展に出品。漆芸に関する幅広い古典技法の研究で知られた-」
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 なかなかの業績である。明治期から日本美術の振興に尽くした人物らしい。しかし、キリンビールのマークとの関係には言及していない。
 東京のキリンビール本社広報部に問い合わせてみた。「当社では、キリンの商標の由来について、詳しい事実は掌握しておりません。大正12年の関東大震災の折、当社も被災し、多くの資料を失いましたのが遠因と思われます」との返事だった。

 大手ビール会社が自社のマーク・商標の由来を知らないまま放置しているとは!

 昨年暮れに取材のため宝光社に立ち寄り、本殿の向拝(ごはい)=社殿正面階段に張り出した廂(ひ63-rekishi-0307-01.jpgさし)部分=の彫刻群の中に、それらしき彫り物を見いだした。5、6メートルもの高さがある軒下で、しかも暗かったため残念ながらシャープには撮影できなかった。後日、専門家に撮ってもらったのが右上の写真だ。

 「麒麟」は中国の想像上の動物。全体は鹿に似て尾は牛で蹄(ひづめ)は馬、頭部に角が1本生えているのが面白い。聖人が出現する前触れとして登場する。

 麒麟の御利益にあやかりたいなら、長大な石段を上り、宝光社の参拝が欠かせない。現社殿は1861(文久元)年の建立で、見事な彫刻は下条久米蔵という棟梁の作だ。
(2009年3月7日号記載)

写真上=キリンビールのマーク
写真下=向拝の彫刻が見事な社殿


 
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