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064 戸隠神社9 〜三本杉 殺生いさめた海の伝説も

 中社にある3本の大杉には、次のような哀切に満ちた伝説がある。

 若狭国(福井県)小浜に、妻を失った漁夫が子ども3人と暮らしていた。ある日、海岸で手さばき見事に泳ぐ美女を見つけた。よく見ると下半身はウロコ。

 「これが、うわさの人魚か。捕らえれば自慢になる。金になるかも」。欲深い漁師は、手練の網で人魚を絡め捕った。

 欲心は人を狂わせる。「私には子どもがいます。私を殺せば、子どもに不幸が...。どうか命だけは」と涙を浮かべる人魚を殺し、その肉を持ち帰って戸棚に隠した。漁師の留守に、腹をすかせた子どもたちは人魚肉を見つけ、鍋で煮て食べてしまう。

 「人魚の肉を食べた者は人魚になる」という言い伝えがあり、子どもたちの体にはウロコが生えてきた。

 後悔と悲嘆にくれる漁師に「お前の家の不幸は、無益な殺生をした報いだ。お前が捕らえて殺した魚の命は800万にもなろうぞ。それらの霊と人魚の菩提を弔え。信濃国戸隠の大権現にすがるのがよかろう」と、天の声が聞こえてきた。

 気が付くと傍らの子どもたちは息絶えていた。漁師は剃髪し、妻子の位牌(いはい)を持って戸隠にやって来た。権現に現世の罪業をわび、杉を3本、境内に鼎峙型(ていじがた)に植え、諸霊の永代供養をした-というのだ。
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 この三本杉は現在、樹齢900年から1000年と推測される。

 北陸から上越にかけては、戸隠信仰が広敷(こうふ)している。糸魚川市能生町の重文・白山(はくさん)神社では、銅製の龍頭が「戸隠さんから流れてくる」という清水を噴き出している。ある年、大量の大鋸屑(おがくず)が流れ出た。戸隠神社に問い合わせると「本殿の造作中」とのことだった-という伝承もある。

 戸隠と並ぶ霊山・白山は石川・岐阜両県にまたがり、北陸海岸一帯の神社信仰のキーポイントだ。白山からは九頭龍川が流れ、日本海に注ぐ。「白山信仰は日本海岸を北上し、信越に入ると妙高山、戸隠に向かったのです」とは、糸魚川市教委の話だ。戸隠に海の伝説があるのは、仏教の殺生をいさめた説話の影響だろう。  
64-rekishi-map.jpg(2009年3月14日号掲載)

写真=中社の石段脇にそそり立つ三本杉

 
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