記事カテゴリ:

07 ひらめきが考える持久力を育てる

 「ひらめき」は知性にとっておいしい体験です。一度でもこの体験をすると知性は、このおいしい体験を求めて、その前段階に起こるイライラ、焦りの時期を耐え得る持久力を身に付けるようになります。

 答えを求めて考えている最中のイライラは、知性の動きを先に進めるためのエネルギーとして重要なものであるとは説明しましたが、このエネルギーが知性の駆動力を発揮するためには、ひらめきというおいしい「発火」体験が必要となるのです。

 「苦あれば楽あり」ということわざがありますが、「楽」があると「苦」を耐えることが容易になりますね。

 山登りをする時、登っている最中は苦しくて仕方がないのですが、山頂に着いて景色を眺めたときの爽快感、満足感をいったん味わうと、それまでの苦しみをすっかり忘れたかのように「また、登りたい」という気持ちが起こってきます。そんな体験を重ねれば重ねるほど、山登りに病みつきになっていく人が増えていきます。知性の動きもそれと同じです。

 質問の中には、簡単にひらめきに到達できるものもあれば、大変に長い時間が必要となるものもあります。例えば、ある種の病気の原因と治療法を探る研究に携わっている研究者たちなどです。

 研究を続ける動機は、仕事だからとか、病気で苦しんでいる人を助けたいなど、さまざまなものがあるにしても、そもそも彼らが何年、何十年にもわたる長期間のイライラと不安に耐えて、考え続けることができるのは、イライラという「苦」の先には、ひらめきという「楽」が待っていることを繰り返し体験することによって、どんな難問であっても「大丈夫、考え続ければどんなに時間がかかっても、そのうちきっとひらめきに到達できるはずだ」という、自分の知性に対する自信を獲得しているからです。

 しかし、逆を言えば、ひらめきをあまり体験しないまま成長すれば、「質問を発すると(何か考え始めると)イライラだけがずっと続く」ことになります。つまり、「苦」だけが続くというプロセスが繰り返されることになりますから、考えること自体を苦痛と感じ、考えることは「苦手!」「嫌いだ!」となり、思考するという行為そのものに対する拒否反応を示すようになるのは当然のことです。

 算数・数学の問題は、学年を追うにつれて複雑になっていきます。高校レベルになれば、一つの問題を解くのに10分、20分、場合によっては1時間も考え続けなければならないような問題が出てきます。そのとき、長時間の思考に耐えられるか否かは、それまで簡単な問題のときに、どれほど頻繁に、「分かった!」という経験を積んできたかにかかってくるといえるのです。

(2008年9月27日号掲載)
 
たてなおしの教育