記事カテゴリ:

13 キノコ図鑑は「知の資産」

 私たちがキノコを採りに行き、採ったそのキノコを安心して食べることができるのは、人間特有の、知識を共有する仕組みのおかげなのです。

体験が伝えるキノコ情報
 我が家は林の中の一軒家で、家の周りには、毎年秋になるといろいろなキノコが生えてきます。そこで手にするのが『キノコ図鑑』です。どのキノコに毒があるか、どんな味がするかなどの情報が書かれてあり、その知識を参考にして、毒のない、おいしいキノコを選んで採取します。

 ある種のキノコに毒があるという知識は、我々の祖先の誰かが、そのキノコを実際に食べ、腹痛を起こしたり、あるいは、それを食べた誰かが亡くなったりするのを見ることを通じて獲得してくれたものです。

犬は知識を伝えられない
 もしこれが、犬の場合はどうなるでしょう。一匹の犬が、毒キノコを食べて、「これは毒だ!」とその犬が理解したとしても、その知識をほかの犬たちに伝えることはできませんから、ほかの犬たちも同じようにそのキノコを口にしては、腹痛、死亡、という経験を繰り返さざるをえません(もちろん、犬は毒を嗅ぎ分けられるかもしれませんが)。

知識の共有が文化を発達させる
 しかし、人間は、誰かがいったん一つの知識を獲得すれば、その知識を、「この種類のキノコは毒があるから、食べちゃあいけないよ」などの口伝えから始まってさまざまな方法で、ほかの人々に伝えることができます。

 犬の場合は、一匹の犬が、その生涯をかけてさまざまな経験をして、その犬なりの多くの知識を獲得したとしても、その犬が死んでしまえば、ほかの犬たちは「ご破算で願いましては...」とソロバンをはじくのと同じように、同じ知識の獲得のプロセスを一からやり直さなければならないのです。つまり、いつまでたっても、スタートラインは同じ位置です。

 しかし人間は、獲得した知識を表現し、伝え、蓄積し、共有することの価値を理解し、実行することができます。それによって、後に来る人間たちは、先人の獲得した知識の上に立って、そこから先に進むことができる、つまり、スタートラインの位置を先に、先にと進めることができるのです。これが、人間が「文化」というものを発達させることができた大きな理由の一つです。

 我々個々人の人生は短く、獲得できる知識は微々たる量です。しかし、時代を超えて数え切れない人間たちが、それぞれが到達した知識を共有することによって生み出される「知の資産」は、それこそ天文学的な量と数に達しているのです。

 『キノコ図鑑』を片手にキノコ採りに行くことがあったら、このことを思い出してみてください。

(2009年3月21日号掲載)
 
たてなおしの教育