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23 医者と似ている教師と親の役割

 テストや試験は何のために行われるのでしょうか? 「良い点を取りたいために」というように、勉強の目標になるという役割がありますが、より重要な役割は「間違った理解」と「何が分かっていないか」を発見することといえます。

テストは身体検査
 身体検査をするのは、体に起こっている異常を発見することが主な目的です。異常が発見されれば、正常な状態に戻すために、治療や生活習慣の改善などの手段を取ります。ですから、異常が見つかったのにその対策を取らなければ、身体検査をする意味はありません。

 では、子どもたちが受けるテストの結果に、私たちはどのように対処しているでしょうか。点数が高ければ安心し、褒めるのはよいとしても、点数が低かった場合に、しかったり、がっかりしたりすることで済ませてはいないでしょうか?

 テスト結果は、身体検査と同じように、子どもの知性の働きに、どこかでつまずきが起きていないかを調べる重要な手掛かりです。答案が戻されてきたら、その答案を詳しく調べて、どこに誤解や未理解があるのかを発見することに親子で時間を割くことの方が、点数に一喜一憂することよりずっと重要です。

何が分からないのか分からない
 ひらめきには偽のひらめきが混じるので「分かった!」つもりで、間違った理解をしていることがあります。しかし、それ以上に問題となるのは、「理解すべき問題を理解していないとき、子どもたちの頭には、「『何が"分からない"のか』ということが"分からない"」という、二重の意味での「分からない」が発生していることが多いということです。このような状態に陥っている子どもに「どこが分からないの?」と問うてもあまり意味はありません。必要なのは、分からない個所を探す助けの手を差し伸べることです。

 医者は、身体検査の結果を見て、体のどこにどのような異常があるかを発見し、患者にその異常を正常に戻す道筋を示します。教師や親の役割は、医者の役割と似ています。自分では「『何が"分かっていない"のか』"分からず"」、?マークで頭が覆われてしまい動きが取れなくなっている子どもに代わって、テスト結果を手掛かりに、どこの部分の何が分かっていないかを"分からせる"という意味でです。

 異常が発見されれば、そこから回復の糸口が見つかるのと同じように「訳、分からない!」という、いら立たしい状態から子どもたちの知性を回復させる糸口は、しかられるのを恐れた子どもたちがランドセルの底に突っ込んであるテストの答案にある可能性が高いのです。

(2010年1月30日号掲載)
 
たてなおしの教育