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26 東日本大震災が訓えるもの2

〜人災と自然災(天災)とは全く異質なもの〜

 日本はこのたびの大地震(3月11日)で、完膚なきまでのダメージを受け、計り知れない多くのものを失った。「壊滅的被害」が至るところの事実として、連日報道された。

 そうしたパニック状態のなかで日本人がとった冷静な行動、規律の正しさ等々が海外から高い評価を受け、称賛された。何にも増してうれしいことだった。「そうか、そうだったのか」と、私はあらためて"日本人とは何か"を自問せざるを得なかったのだった。

 東北魂によって
 この大震災に対する"代償"ということばが許されるならば、期せずして海外から被災者の行動が称賛されたことほど、大きな代償はなかろうと思う。なぜなら被災者として日本人として、これほど励まされ鼓舞されたことばはないと思うからだ。打ちひしがれ一寸先さえ見えない無明長夜(むみょうじょうや)をさまよっているとき、挫折から眥(まなじり)を決して立ち上がろうとしているとき、これほど力強い後押しはなかったのではなかろうか。

 あの掛け値なしの実直でつつましく、不言実行そのままのおのずからなる発露としてあった行動が、今こそ掛け替えのない宝として実証されたのであった。それが大きな光明であり、喜びでなくてなんであろう。

 前号でも触れたが私はそれが"東北魂"であり、"宮沢賢治の心"ではないかと述べてきた。そしてその行動原理とでも言うべきものは、老人層が風土の持つ伝統として先人たちから受け継ぎ、次代にバトンタッチしてきたものであろうと思う。そして、これこそが日本の屋台骨を背負い続けてきた力ではなかったかと思うのだ。

 とかく軽佻浮薄が横行し、易きに流れる日本の世相に対して、この東北魂ほど大きな警告と教訓はなかったのではなかろうか。義援金・諸物資・声援などなどの助け合い運動が、これほどまでに結集し盛り上がりをみせているのも、東北魂によって目覚めさせられ啓発された面が大きかったと思うのである。

 今回の原発損傷の大事は、日本における人工災害の最たるものといっていい。日本の原発敷設は反対運動を蹴散らして抑え込み、絶対安全を標榜してのもので、すでに54基が稼動し、建設中が3基、2030年までには14基以上を増やす計画だという。

 それが連日トップニュースの報道のなかで、当事者の発表は弁解にこれ務め、周章狼狽を免れず「大丈夫だ、人体には影響なき程度」を繰り返しながら、その裏で「深刻に受け止めている」というものだった。安全神話は崩れ、自然災害とは全く異質の不安と不信を残したままとなった。

 当然のことながら、「原発問題の白紙、原発存廃の是非、原発不要、脱原発」等について、今後大いに議論されることになろうし、またそうならなければならないことは言うまでもない。

 元々人間はいつやってくるか分からない危機(災害)を内蔵しながら暮らしているのだ。それを承知していながら、あるいは忘れて日本はあまりにも贅と奢りに明け暮れ、功利を求める生活に馴れ親しんできた。

 何も賢治のごとく、良寛のごとく清貧であれと言うのではないが、日本列島不夜城を良しとし、電気と石油とによってもたらされた生活、歩くことを捨てて乗り物に頼り切りの姿勢-それを文化だ、向上だとする安易な発想に溺れ過ぎてきた。

 そして今-。日本と日本人は自然の脅威の底知れない力と、自然を見くびってきたことの前に平伏したのである。
(2011年5月21日号掲載)
 
美しい晩年