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08 〜善白鉄道が着工 部分開通〜

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 大正期に入ると、千国街道筋の姫川盆地の中心地・白馬と善光寺平の長野を結ぶ鉄道敷設問題が浮上してきました。


 その最初の取り組みは1919(大正8)年6月、長野商工会議所によって立案された「鬼無里鉄道」の敷設計画でした。これは資金難のため中止になりましたが、その後、長野市内外の有志によって「長北電気鉄道」敷設の計画が進められ、27(昭和2)年11月16日、鉄道省から「敷設と営業」が認可されました。


 そして「善白鉄道助成会」が設立され、長野市からの補助金のめども付き、29年11月、会社名を正式に「善光寺白馬電鉄株式会社」とし、着工を迎えることとなりました。


 かくして、30年12月4日、裾花河畔にて起工式が行われ、とりあえず柵(しがらみ)村土合までの工事に着手しましたが ▽用地の取得と補償 ▽資金の調達 ▽難工事に遭遇-など厄介な問題が続出し、工事は中断を余儀なくされました。


 紆余曲折を経て着工から約7年後の36年11月、予定の第1期工事(南長野駅と善光寺温泉東口まで)がほぼ完成し、同月22日に待望の開通式が行われました。


 式は起点の南長野駅構内で行われ、参会者1500人、鉄道大臣らの祝辞や長野市を代表して藤井市長の祝辞がありました。


 その日の状況を当時の新聞は次のように報じています。


 「此の日二条のレールを走るガソリンカーは打ち揚げ煙火にかり立てられた沿線民総出動の祝賀裡に乗客を満腹しつゝ恙なく十一往復の定刻運転を了し、善白鉄道史の一頁を印した」


 「起点長野南駅を発車すると国道下を潜ったカーは山付の安茂里の村へ向って進む裾花川相生橋を左手に迎へたと思ふ間もなく山王駅へ着き其処には市営プール...県庁は右手だ。そして妻科駅へ着けば裾花川が寄り添って対岸に白岩を露はしている信濃善光寺駅へ至れば竜宮淵鉱泉の湯気が...左手に長野電燈の里島発電所を見て茂菅駅に着くと唐沢鉱泉があり第一のトンネルを潜る。やがて電鉄の夢見る鉄道としてトンネルの天井は高い、第二トンネルの手前にすぐ有名な裾花川松島の景勝を見、そして第三、第四トンネルを貫く二条のレールは煤煙禍のないカーの中から未来を示唆するかの如く光り輝いている。


 終点は第四トンネルを潜るとすぐそこが終点善光寺温泉東口駅だ。かくて沿線の風光美こそ仏都市民にとって格好の郊外遊覧鉄道として魅惑を唆る事であろう」(1936年11月23日付信濃毎日新聞)

(2011年7月2日号掲載)


=写真=山王の市営プール横を走る善白鉄道