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29 「死」とどう向き合うか1

 死とどう向き合うか、どう付き合うか、どう迎えたいのか...は、人様々であり、個人差が大きい。


 さ迷える小羊


 「死」をできるだけ考えないことにしている、という向きもあれば、深刻に捉えるタイプもある。


 身内や知人のことで「ええっ、まさか」というような緊急事態が降って湧くこともあり、自分のことでもまだまだ向こうのことと思っていたのが、突然死の淵に立たされてショックだったり、いたたまれない思いにさせられたりもする。安堵と狼狽を行ったり来たりするのが現実だ。かつて『愛と死を見つめて』という本が爆発的に売れたことなども思い出される。


 死を前にしておどおどとして、そこに蹲るしかない小さな自分をあらためて見いだしたりもし、じたばたは微塵もなく達観しているらしい人を見て(知って)敬服し、お近付きを得たいと願ったりもする。


 いろいろ考えてみたところで、わたしはしょせんは煩悩の権化、さ迷える小羊なんだから...無明長夜の苦しみも、十年一日のぐうたらも、俗事にかまけたり救われたりして何とかここまでやってきた、というのが正直なところだ。そうした日々の明け暮れだったとしか、言いようのない人生だった。言い訳を言わせてもらえれば、それが達観といえば達観なのだと、踏ん反り返ってみたりもする。


 死は...かねてうしろ  に迫れり

 吉田兼好の『徒然草』にこんな件(くだり)がある。

  ...(前略)四季はなほ定まれる序(ついで)あり。

  死期(しご)は序を待たず。死は前よりしも来らず。かねてうしろに迫れり。人皆死ある事を知りて、待つことしかも急ならざるに、覚えずして来る。

  ...(後略)(百五十五段)


 意味は「四季の推移は春、夏、秋、冬と決まっていて順序を違(たが)えることはない。だが死の時期は一定の順序があってやってくるのではない(年の順に死が訪れるというわけではない)。それは見える形で、前の方から自分に近づいて来るわけでもない。いつとは知らず後からしのび寄ってきて、首根っこを掴(つか)まえられるのだ。人は皆、死から逃れられないことを承知していながら、死を待つことに切迫感もなく、迎える心の用意など何も整えていないのに突然、意外な時にやってくるのだ」というほどの意か。


 死を冷静に直視してたじろがず、ある緊張感を持った力強い見識に圧倒される。きりっとさせられ、そして深く頷(うなず)かされる。死を語った日本人の言葉として、また思想として、これほど鋭く厳しい発言はなかろうと思う。


 兼好は鎌倉期、いまから七百余年も前の人。出家遁世(とんせい)の代表者のような人だ。辞書類を見ると、大方は歌人とされているが、その本質は思想家と呼んだ方がよかろうと思う。


 兼好の生きた時代は、政変と争乱、大火、飢饉(ききん)、大地震など天災地変が相次いだ混乱の時代であったのだが、兼好はそれを隠者(出家遁世は30歳前後のことだったという)の澄み切った眼で世の相(すがた)を見詰めている。


 『徒然草』は『枕草子』と共に随筆文学の頂点といわれ、また鴨長明の『方丈記』と並び中世隠者文学の代表作だという。その文体は緊密、簡潔な上に読みやすく分かりやすい。「死は前よりしも来らず。かねてうしろに迫れり」。素晴らしいじゃないか。エライ人がいてくれたものだ。


 先日、信越線の車中で久しぶりに会った知人と「元気かね、体調は?」というようなことで話が弾んだ。「まあ、お迎えが来るまでは、なんとか頑張るってことかね」「お互いさまですよ」というような次第だった。「お迎えが来るまで...」言い得て妙であるが、誰がどのように迎えてくれるのか。具体像を描いてのことか、何となくか。

(2011年7月2日号掲載)


 
美しい晩年