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10 発展途上 〜この国に微力な老後を〜

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 突拍子もないことだが私はある日、"スリランカの伊能忠敬"になろうと決心した。この国では身近な場所の地図を入手することは難しい。最大都市・コロンボの書店でも、ガイドブックに観光地周辺の部分的な地図が載っているぐらいだ。


 国の地図は国家経営の基本、すべての基盤でもある。忠敬は「量程車」を引きずって測量し、欧米列強が驚いた伊能図(全国図)を完成させた。開国した明治の先人たちが苦労したのは、山岳・未踏地への三角点設置だった。地図は国防の要だった。


 せめて自分の周辺から-と、ある朝、自己流の距離計と方位磁石と野帳を手に出発した。方向の定まらない起伏の多い山道を彷徨した揚げ句、強い日射と湿度に頭がクラクラ、足もガクガク、昼までに迷子になり、ほうほうの体で宿舎に逃げ帰った。


 シャワーを浴び、一服して考えた。GPS(全地球測位システム)を使えば地図も簡単だろうが、辻々の一木一草を調べなければ国民の気概は醸成されない。


 ひょんなことから、娘に置き去りにされて日本語講師を始めて数年。日本文化の片りんとして紹介した折り紙が思いがけない反響を呼び、「折り紙オジサン」となった。


 余興のようなつもりで演じた折り紙が、なぜこれほどの人気を集め、大統領夫人の支持まで得たのか不思議に思う。


 日本が一気呵成に近代化できたのは、その教育水準にあった。幕末に外国人を驚かせたのは、寺子屋を基盤とする識字率の高さだった。庶民の大半が読み書き・算盤(=そろばん)ができた。


 スリランカは今、発展途上にあり、大きな橋や港湾、都市や道路、発電所、交通網の整備など目まぐるしい。ただし、物事をきちんと仕上げる素養は一朝一夕で身に付くことではない。


 茶の栽培、紅茶の生産は、土、肥料、気候など微妙な技術の集積だ。国民の3割にも及ぶ失業者対策には工業の導入も必須だ。細かな基盤に米粒のような部品をセットするのにもこの素養が欠かせない。人気のアニメは、寸刻み、ミリ刻みの原画作りが基本だ。


 それが、この国のリーダーたちが折り紙に深甚な期待を込めている理由だろう。紙をきちんと二つ折りにできるかどうかに、この国の未来がかかっていると言ったら大げさだろうか。


 道ですれ違う子どもたちは「グッドモーニング」のあいさつと、屈託ない笑顔を欠かさない。生徒たちのキラキラ輝く瞳は希望にあふれている。


 日本と同じく大陸の縁辺に位置し、緑あふれる島国である。カノウランカセンターは、茅野市の狩野倫司氏が開いた貴重な文化交流拠点だ。微力な私だが、老後のささやかな時間をこの国の発展に捧げるつもりだ。

(2011年10月1日号掲載)


=写真=キラキラ輝く瞳の子どもたち