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35 「死」とどう向き合うか7

 前回の(34)では樹木や森の持つ体力と知力が、この世(地球)に尽くしてきたその生涯にわたっての貢献度は、徹底した無償の奉仕と言ってよく、それは計り難く大きなものであったこと(いまもあり続けている)、それに比して人間が果たしてきた事蹟などは我欲と共にあったもので、卑小と言わざるを得ないことを述べてきた。


 森を食い潰すとき

 あの長大な万里の長城も「空しく築く 防胡万里の城」(「胡」は中国を脅かしてきた北方異民族の称。匈奴、西域民族)であり、一夜にして乗り越えられたのだという。


 洋の東西を問わず、権力をほしいままにしてきた英雄(?)の成れの果ては、築き毀されることを性懲りもなく繰り返してきた歴史であったし、壮大な文明も一代にして砂上の楼閣となり、埋没百草に随う脆きものであった歴史を、われわれは飽きるほど教えられてきた。


 また、森を食い潰してきたときに文明は破綻し、滅亡し、都市は崩壊してきた事実を、教えられてもきた。文明のゆきつくところ、破滅が待っていると言っても、過言ではなさそうだ。


 ついでに言えば、このたびの福島原発の大人災のごときは、形こそ違え同類のものであった。東電が道路いっぱいに掲げる「原子力 明るい未来のエネルギー」の横断幕は、まことにもって笑止千万、安全は泡沫と同義であったことが実証され、その責任と隠蔽体質は厳しく問われなければならないものとなった。


 さて、不当な権力者や東電と対極的な位置にあるのが、越後の良寛であり、東北の宮沢賢治ではなかろうか。2人は共に日本のみならず、全人類を代表して、と言ってもいい。樹木や森林に十分に匹敵し得る類い稀な良心として在り続けてきた。日本の幸福そのものである、と言ってもよかろう。


 東北を襲った大地震、大津波による死者と行方不明者は、合わせると2万人を超える大惨事となった。加えて胡散臭い福島原発処理の醜態と、いつ果てるとも知れぬ見えない恐怖。ふるさとへどころか、道さえ歩けないのだ。


 ところで、そんな国難をよそに日本では自ら命を断つ人が毎年3万人を上回るのだという。まことにただならぬ事態というほかはない。


 治安を乱し、清貧・篤農の伝統文化をないがしろにし、便利・功利に突っ走り、競争と格差に拍車をかけ、追い詰められ、屈辱にまみれ、精神的なダメージのなかで苦しむ無告の民...これがこの国を住みにくくさせている証左でなくてなんであろう。昭和30年代から始まった政治の貧困は、日本をかつてない無明長夜(むみょうじょうや)と混乱に陥れ、平成はそれを引きずったままだ。


 娑婆(人の住む現実社会)を水上勉は「地獄はあの世にあるのではなく、この世こそが地獄だ」と言った。その通りだ。


 志高く 岩波茂雄

 そうしたなかで信州は巨木ならぬ巨人(偉い人、立派な人)と呼ぶにふさわしい人物を輩出した。素晴らしいことだ。岩波茂雄(1881〜1946年。諏訪中洲村生まれ。岩波書店を開き、世に「岩波文化」と呼ばれるなど学術文芸の出版を通して日本文化の向上に貢献。大きな足跡を残した)はその一人だ。


 18歳の正月、単身で伊勢参拝ののち京都に佐久間象山、鹿児島に西郷隆盛の墓を訪(おとな)い、一高生時代の夏、野尻湖の弁天島にこもる...青春彷徨の時代を経て...。


 以来、高い志と大きな仕事のために、誠実と質素、豪放と細心、親切とやさしさ、「低き処にありて高きを思う」を見事に貫き通し、死を迎えるその日まで、世のため人のために尽くしきった生涯であった。

(2011年10月15日号掲載)

 
美しい晩年