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02 冠着山 今も続く登拝と月見の宴

02kizuna01.jpg 善光寺へ向かって松本平を抜けると、「曼陀羅の里」筑北地域(筑北村、麻績村)である。この里は四方を冠着、聖、岩殿、四阿屋と信仰の峰で固められており、まず冠着山(1252メートル)を目指す。姨捨山とも呼ばれているが、筑北側から見ると山頂の形が元服した男子の冠烏帽子に似ていることから冠着山の名がある=写真右。


 梅雨の晴れ間、JR冠着駅から緩やかな車道をゆっくり、しっかりと上る。古峠まで緑のシャワーと蝉しぐれの歓迎を受けながら1時間ほどの道程である。


 峠で胸に風を入れながら、万葉集の一節「高き弥に雲の着きのす」を思い出した。万葉人は山を神の居場所とし、「弥」に畏敬を表した「御」を添えて「峰」としたのである。


 聖湖からの尾根沿いの道を約1時間、「那一歩、那一息」とリズムを繰り返しているうちに登山口に到着した。身・心を整え一日の無事を祈る。「南無大師遍照金剛」


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 上りは汗びっしょりの30分。山頂は素晴らしい展望が開け、北は善光寺平、西は松本平の一角と北アルプス連峰が目に入る。一画に「寛永十一年永井村再建」と刻のある石祠があり=同下、冠着権現と月読命(つきよみのみこと)に写経を奉納。


 「この身このまゝ み仏の永遠の生命に 生きるうれしさ」

 緑したたる四方の峰々の霊気を満喫しながらの昼餉は美味。往路をそのまま戻り、永井地区の安養寺へ下る。


 この寺は信濃五定額寺(国分寺に準じた官営寺で「国家安泰」、「万民安楽」を祈願)の格を持つ真言宗の古刹で、冠着山との縁が深い。永井地区の人々は旧暦8月、満月の日に住職を先達とし、山伏修行の名残の登拝と頂上での月見の宴を続けている。


 住職夫人から「この登拝と宴は室町時代から絶えることがなく、境内から山頂へ峯入り修行を物語る古道、石塔などが草に埋もれている。さらに飯縄明王を奉じた護摩焚きも600年近く続けられている」との説明を受けた。


 私は山伏の一人として、今なお安養寺を介して冠着山と地域の人々が深く、固く結ばれていることに大きな感動と安堵を持つことができた。時空を超えた絆の確認である。


 次は聖山への峰入りであるが、漂う修験の気配に立ち去り難く、筑北の里農家民宿「しとや」に一夜の旅枕を置くことにした。内山司朗・英子夫妻が「農業体験による自分発見、錬成の拠点とし曼陀羅の里を輝かす!」を創業の志とし、飛び込みの老山伏を快く迎え、さらにご布施の喜捨を賜った。心尽くしの食後は、夜の更けるまでご両人と普段着の言葉で楽しく談論風発。翌日の晴天を願い、新しい絆がここに誕生しつつあることを確信して深い眠りに就いた。


 更級や 姨捨山の月ぞこれ     虚子