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03 聖山〜地元に史跡再発見の計画

 「大暑」の日の7月23日、麻績の里を歩く。朝一番の電車でJR聖高原駅を降り、聖山南腹の福満寺に向かう。静まり返った善光寺街道の一人歩きは、朝の爽風を受け心地よい。南へ1時間ほどで上井堀地区に入る。


 参道の入り口には注連縄が張られ、大きな結界石(聖なる界を示す石)が構えており、思わず襟を正す。福満寺は役(えん)の行者の開基と伝えられる天台宗の古刹。本尊の薬師如来は「井堀の薬師さん」として名高い。境内は厳粛な気配が満ち満ちて修験道世界の再現が身に染み、心・身の安らぎを得る。「3・11フクシマ」の一日も早い再生を心願し、写経を奉誦する。「ガンバッペ! フクシマ」


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 福満寺は江戸中期に1.5キロ北方の寺所から現在地に移され、上井堀地区の村持ちの寺として毎年5月3日に大祭が開かれる。今年は仁王像の復元を記念して「福満寺ウオーキング」が催され、約200人のウオーカーでにぎわったという。


 聖山の名は平安中期以降、聖といわれた山岳修行者が多く住んでいたことによるもので、地元の青年有志により寺所をはじめ、聖山一帯の史跡再発見が計画されている。母なるふるさとへの誇りと感謝による新しい絆の誕生に、心からの敬意を惜しまない。


 油照りの車道を聖峠へ向かう。坊平登山口まで1時間半ほどだが、気合いを入れて歩く。登山口からは木漏れ日注ぐ山道で、蝉しぐれと冷風に生気を取り戻す。聖峠(1300メートル)は大岡地区、聖山、三和峠への十字交差点であるが、夏草の中に沈んでいる。峠のたたずまいを楽しみながらひと休み。聖山へは1キロほどだ。"六根清浄唱えつつ、聖の峰に参るうれしさ"


 聖山(1447メートル)は北信濃との境に横たわる分水嶺で、南北に多くの水脈をつくり出し、雨乞いの山として知られている。山頂での質素な昼餉の後、視界は利かないが想いは麓の麻績川へ。


 郷土誌によると、麻績の里は平安時代に伊勢大社の領地であった。千曲川・犀川から遡上した麻績川の鮭は、伊勢の大神への御供物として秋葉街道を通り奉納されていたという。鮭を介し人と神、麻績と伊勢の絆が結ばれており、往昔の麻績人はどのような想いで荷を束ね、運んだのであろうかと想像した。一刻のタイムスリップである。頂で般若心経による先祖十方拝を行じ往路を戻る。"山に空に、摩訶般若波羅蜜多心経


 登山口から下って間もなく、スペイン風の館が目に入った。1996年にサンティアゴ大聖堂に「サンティアゴ巡礼路絵巻」を奉納した日本サンティアゴ巡礼の先駆者・池田宗弘画伯(72)の住まいである。奇縁に感動し扉をたたき尊顔を拝する機会を得て、共通のサンティアゴ巡礼旅の思い出に花を咲かせた。画伯は「本物の文化は甦り、紡がれていく」と私を導く。


 満たされた心で信濃観音第一番札所・法善寺へと下り、本尊聖観世音に古今東西の絆に包まれた一日を感謝して写経を奉じ、聖山峰入りの納めとした。次は聖峠から古峠へと辿る。


写真:JR麻績駅近くから望む聖山


写真:修験の気配が漂う福満寺