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04 聖峠・三和峠・古峠〜往昔の旅人の息遣い感じ

 盆の送りも過ぎた8月18日、聖峠から古峠まで峠巡りをした。聖峠へは松代藩聖口番所のあった大岡地区から登る。長野市営バスを「旧局前」で降り、聖山北斜面の車道約2時間で樋知神社と高峰寺に着く。


 樋知神社と高峰寺は水分神で、境内のお種池が信仰の中心である。聖大権現に「3・11フクシマ」の一日も早い収束を願い写経を奉納。


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 聖高原道路から聖山遊歩道に入ると、間もなく聖峠(約1300メートル)である。かつては松本藩と松代藩をつなぐ松本街道の要所であったが、今は背高い草の中でその面影はない=写真右。峠に吹く極楽の余り風を受けながら、往昔の旅人たちの息遣いを感じている一刻は独り旅の醍醐味である。


 信濃は「峠の国」であり、有名、無名約500を数える。「峠」は漢字ではなく国字である。古来山道の上り詰めた所は神の居る場所として道祖神を祭り、手向け(供え物)をした。手向けの音が変化して峠となったのである。


 〈秋立つや聖峠に花手向け〉


 三和峠へはわずかの踏み跡を頼りに、気持ちが落ち着く信濃路自然歩道を辿る=写真右。麻績村、千曲市、長野市の境界が接している1308メートル地点から、脚下照顧の急坂を下り1時間弱で着くが、猿ケ馬場峠へと歩を進める。


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 元の風景を維持する聖高原別荘地を通り抜けると猿ケ馬場峠である。この峠は善光寺参りの最後の難所で、善男善女は2日後の善光寺着到を前にホッとしたものである。芭蕉は木曽路からこの峠を越し、姨捨で十五夜の名月をめで『更科紀行』をまとめた。


 〈身にしみて大根からし秋の風〉(芭蕉)


 聖湖畔で遅い昼餉を使いながら、目線はお仙の茶屋跡に。来る12月7日、ここで西国33所徒歩巡礼団と、善光寺街道ルネッサンスを目指す麻績宿のNPO「善光寺街道歩き旅推進局」との劇的な出会いがある。


 巡礼の最終ゴール善光寺へと那智青岸渡寺から1300キロを歩き続けている巡礼団と、曼陀羅の里・麻績の人々が「歩き、祈る」という人類に普遍的な作法を共有し、新しい絆を結ぶのである。


 大パノラマが開ける三峯山(1131メートル)へ寄り道する。開発前までは「三峯峠」と呼ばれ、今は展望を楽しむスポットとなっている。思い切りうまい大気を吸い込み、母なる大地と共に呼吸し生きていることに感謝。


 昼下がりの単調な車道を蝉時雨に包まれながら2キロほどで一本松峠だ。ここは奈良時代の官道「東山道支道」といわれているが、この古道歩きは後日として古峠へと足を進める。


 今日の納めは古峠で、JR冠着駅からの車道との交差点である。眼下の千曲市と西に連なる5つの峠にきょう一日の無事を感謝して般若心経を読誦。次は四阿屋山への1泊2日の峰入りである。「歩々洗心、山修山学」