記事カテゴリ:

05 四阿屋山〜筑北地区中央の祈りの峰

05kizuna01.jpg

 雨乞いの山・四阿屋山(あずまやさん=1387メートル)は、山麓に古代安曇族が住んでいたことからその名があり、筑北の中央に位置した祈りの峰である=写真右。山頂の四阿屋山神社奥宮=同下では8月31日から9月1日にかけ秋の例大祭が催され、特別の計らいにより参加のチャンスを得た。


 8月31日昼、JR聖高原駅に降り、修那羅峠(しょならとうげ)へ向かって約1時間で集合地の里宮に着く。午後2時、修那羅石神仏群で名高い安宮神社の宮坂宗則宮司と旧坂井村氏子の総代、世話人の総勢16人は「お篭り」による宵祭り神事のため足取り軽く出立。漸々沢を上って間もなく一の鳥居であり、総代会長滝沢寛康さん(61)の指図によりてきぱきと注連縄の張り替え、草刈りが行われた。


05kizuna02.jpg

 「文化8年8月吉日」と刻された石製の大きな神燈は、氏子に変わらぬ作法を求め、導いている。神酒、供物、寝袋等の大きな荷物を背に急坂を黙々と進む。


 稜線との出合いに二の鳥居があり、麻績口からの登山道と合流する。折からの台風接近を心配しながら、しっかりした尾根道のアップ・ダウンを繰り返し、三の鳥居を経て約1時間で待望の山頂に到着した。


 一休みの後、四の鳥居、境内、神社内陣は受け継がれた所作により、滞りなく整えられていく。そこには豊かな自然、先祖への感謝と愛郷の絆が伝わってくる。夕闇迫る中での神事は正装に身を固めた16人により粛々と進み、私は息を凝らし一部始終を見守りながら祝詞に聞き入った。


 神事の後は楽しみの直会(なおらい)で、大きな囲炉裏の榾火(ほだび)に照らされ、だみ声の話に大輪の花が咲き、粗酒、粗肴は美酒、珍味に大変身だ。飽かぬ団居(まどい)の物語りに夜は更け、翌日の晴天を願い、寝袋にくるまって板の間でのまどろみに就いた。


 9月1日早朝、霧深いブナ林の山頂にただ一人佇み幻想的世界に没入していると、いつの間にか山を愛したゲーテの詩の一節を口にしていた。


 「山々の頂に憩いあり、森の木陰に鳥の気配もなく」


azumaya-map.jpg

 朝から登ってきた麻績、本城、坂北地区の氏子総代が定刻通りそろい、本祭り神事は1時間ほどで終わり、御札、御供がそれぞれの地区に渡される。各総代は交互に来年5月1日の春の大祭での再会を約して里へ下り、四阿屋山の豊かな恵みを芯にした4つの里の固い絆が受け継がれていく。旧坂井村総代会長の滝沢さんは「引き継いだ作法に従って今後もきちんと祭りを続けていく」と力強く語ってくれた。


 帰りは東山地区を経て、青柳宿へ下る。農道の両側はソバのかれんな白い花盛りで、雨中にもかかわらず足取り軽く、JR坂北駅近くの腹の神に着く。ここは四阿屋山の遥拝所で2日間の無事を感謝して般若心経を奉誦。次は修験道の聖地・岩殿山への登拝である。


 そば時や月の信濃の善光寺     一茶