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07 善光寺街道東山道支道 〜古代の官道を善光寺平へ〜

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 秋の深まる東山道支道をたどる。東山道は大化の改新により、奈良の都と陸奥(みちのく)多賀城(宮城県)を結ぶために設けられた大官道である。その支道80キロが北信濃を越後へと北上していた=地図右。「道」は、万葉集に「青丹(あをに)よし奈良の大(おお)ちは行きよけど」とあるように、方向を示す「ち」に尊称の「み」を付けたものである。


 麻績の小盆地から善光寺平へ入る支道は時代の変遷を受け、古峠、一本松峠、猿ケ馬場峠へと移っていったが、今回は一本松峠を歩く。


 10月13日、JR聖高原駅に降りると間もなく麻績神明宮がある。ここは麻績御厨(みくりや=神社の領地)の惣社で一日の無事を願い、般若心経を奉誦。


 JR冠着駅を過ぎて緩やかな車道をひたすら歩く。稜線の道を直進すると一本松峠である。宗良(むねなが)親王は「をちかたの境(さかえ)に見ゆる一つ松 かかるさまには道しるべとせよ」と詠じている。往昔の旅人に想いを寄せながら、実りを告げる秋風を受けてひと休み。


 いよいよ善光寺平であり、気力は充実。色づく樹間に大池を楽しみながらゆっくりと下る。途中で筑北村の安養寺住職夫人との再会という瑞縁を得て、JR姨捨駅までの車送りのご接待を頂く。展望台から眼下を一望し、西日を受けて鈍(にび)色に光る千曲の流れに今日一日の無事を報告し、中締めとした。


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 翌14日は、民俗・日本思想史家の田中欣一さん(82)が同行するイベント「東山道支道を歩く」(千曲市川西地区振興連絡協議会主催)に参加し、JR姨捨駅から稲荷山駅まで歩く。

 出発して間もなく姨捨の棚田の長尾根に入る。古道は曲がりくねった原形を残している。自然の理(ことわり)を素直に取り込んだ古人の知恵に深い敬意を払いながら、条里制の里へと下る。


 国道18号バイパスを横切り、郡(こおり)地区に入る。ここは奈良時代に郡衙(ぐんが=郡役所)が置かれた所で、リンゴ畑の中に残る条里制の道を曲折しながら進む。石垣が立派な大雲寺でのひと休みの後、町並みに入り治田(はるた)神社上宮の大鳥居の前に出る。支道はここで善光寺街道と交差し、経済、文化交流の核としての桑原宿の往昔の姿が偲ばれてくる。


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 その先からは山側に進み、静かな禅寺・龍洞院で心尽くしのご接待を頂き、遅い昼食を済ます。支道は千曲川の気まぐれな氾濫を避けて山沿いのルートとなり、塚穴古墳、越将軍塚古墳を経て、信濃第十八番札所長谷寺に至る。本尊十一面観世音に「3・11フクシマ」の早い収束と再生を心願して写経を奉納。


 道に刻まれた奈良律令時代の歴史とロマンの薫りを満身に受けた一日に感謝して、帰途に就いた。善光寺へはここから1日の道程である。


 秋風や如来の留主(るす)の善光寺 一茶

 次は長野市の阿弥陀寺(安茂里)、龍樹院(長門町)を訪ねる。


=写真=棚田を貫く支道

 
絆の道