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01 〜県議兼務し初の公選市長に〜

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【まつはし・きゅうざえもん】(1905〜1970)

 1905(明治38)年1月2日、西後町に生まれる。旧制長野中学、松本高等学校を経て、29(昭和4)年東京帝国大学経済学部を卒業。老舗の鍋久(鋼材商)を継ぎ、市連合青年会長、西後町区長、市会議員となって、39年県会議員に当選。


 46年、終戦後の社会不安と物資不足の中で、長野市長臨時代理者に推され市政に携わる。翌年、公選の市長選挙で高得票で当選し、2期目も高い支持を得て、47年から54年まで8年間、市長に在任。47年から1期、県会議員を兼務し議長に就任。48年には、いわゆる"コロンブス戦術"の奇計によって分県意見書を不成立にさせ、数十年にわたった分県論、移庁論に事実上の終止符が打たれた。


 一方、市長としては49年4、5月の善光寺御開帳に合わせ、平和博覧会を開催し、入場者76万人を超す好結果を収めた。また54年、近隣村に合併を呼び掛け、古里、柳原、浅川、大豆島、朝陽、若槻、長沼、安茂里、小田切、芋井の10カ村の編入合併を成功させ、市勢拡大を図った。戦後の地方自治体の復興と安定に成果を挙げ、その功績は高く評価されている(『長野県歴史人物大辞典』より)。


 松橋市長在任中の長野市の主要な出来事を列挙すると-。


 ◇47年▽4月 松橋久左衛門、初の公選により長野市長に当選▽12月 市長を館長として長野市公民館開設

 ◇48年▽4月 松橋県会議長の欠席と白票戦術で分県意見書不成立▽8月 市議会、長野平和博覧会開催を議決▽11月 えびす講煙火大会、9年ぶりに復活

 ◇49年▽4・5月 城山公園一帯で平和博覧会開催

 ◇50年▽10月 市公民館を改造してアメリカ図書館開館

 ◇51年▽4月 松橋久左衛門、2期目の長野市長に当選▽10月 市役所に市福祉事務所を開設

 ◇52年▽10月 市教育委員会第1回選挙を実施

 ◇53年▽12月 長野アメリカ文化センターが市に移管される

 ◇54年▽4月 長野市が周辺10カ村を編入合併

(2011年12月3日号掲載)


=写真=松橋久左衛門の肖像画(長野市蔵)