
毎年のことながら新聞で北アルプス・涸沢の紅葉写真を目にし、「錦秋」という言葉を耳にするようになると心が落ち着かなくなる。10月中旬の日曜日、定年前に勤めていた会社の後輩N君と出掛けることになった。
予定していたその朝、彼は地区のどぶ掃除があり、出発時間は遅くなるという。高い山はあきらめて紅葉狩りに切り替え、選んだ先が奥志賀の雑魚川(ざこがわ)流域だ。
9時過ぎに長野運動公園で合流し、志賀高原へ。好天に恵まれ、紅葉最盛期とあって、志賀へ入ると車は渋滞に。奥志賀公園栄線を木島平村を経て秋山郷方面へと進む。間もなく路肩に10台ほど停車していた。
岩菅山の山頂付近は雪化粧し、山腹が色とりどりに染まったここまでの景色も見応えがある。道路脇の「大滝(おおぜん)」の標識から雑魚川流域へ踏み入ると、一面の紅葉の中に身を置いているようだ。ほどなく上流側へ2.3キロ、下流側へ0.7キロのコースに分かれる。
まずは上流方向へ。一帯は樹齢数百年のブナの原生林。最初は一抱えほどだった木が、奥へ進むと二抱えも三抱えもある。鍋倉山の森太郎、森姫に匹敵する巨木も珍しくない。その枝葉が黄色に染まり、カエデ類の赤との対比が美しい。

途中にある滝もいい。川底の岩盤から滑り落ち、段差を形成する「三段の滝」。天然の堰堤を思わせる「ハーモニカの滝」。それらが木々の紅葉の間に見え隠れする。三脚に大型カメラを据えた写真愛好者に何人も出会った。
支流の丸木橋を渡った辺りでは、木の枝からなべやフライパンが50メートル置きほどに数カ所ぶら下がっている。かなづちが結わえられていて、看板に熊よけのため鳴らすように書いてある。その度に「カンカンカン」と打ち鳴らして歩を速める。
末端まで行くと、先ほど来た車道に出た。Uターンして、今度は下流の大滝へ向かう。上流側の道はほとんど平たんだったが、下流側は一気に下る。最後はロープを頼りに急勾配の梯子を降りると、落差25メートル、幅10メートルほどの大滝が、「ゴーゴー」と音を立てて流れ落ちている。
夏は渓流釣りに訪れる人も少なくないが、山深いこの一帯はまだ「秘境」の一つといえる。長野に住んでいると、ちょっと足を延ばせば、こんな自然に浸れることができる。昨秋の奥裾花も見事だったが、今秋は奥志賀で紅葉を堪能した。
帰りは熊ノ湯から山田牧場を抜け、松川渓谷を下って高山村へ。途中、笠ケ岳へ登って山頂から360度の眺めを楽しんだ。欲張ってもう一カ所期待していた松川渓谷の紅葉は、この時はまだ早かった。
(2007年11月3日号掲載)
=写真=紅葉の間から「三段の滝」を望む