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008 三登山 〜雪の中 踏み跡をたどる〜

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 春になり、冬の間控えていた山歩きを再開した。3月中旬の日曜日、ぽかぽか陽気に誘われ、まずは今季の足慣らしを兼ね、手近な三登山(みとやま)(923メートル)に出掛けた。


 市北部の若槻地区の背後に続く三登山は、山頂にあるアンテナが目印だ。市と地元住民がトレッキングコースを整備してあり、気軽に登ることができる。


 午前9時半に市民農園「サラダパーク」を出発。薄暗い杉木立は程なく明るい雑木林になり、10分ほどで「堂沢出城跡」に着く。


 ここは2003年に若槻小学校の児童たちが見つけた中世の山城跡だ。斜面を削ったような平たん地があり、手製の小屋跡や遊具などがあることから、児童たちの遊び場になっているようだ。


 さらに20分ほど登ると、「若槻山城跡」=写真下=に。鎌倉時代初期に若槻氏が築き、戦国時代に上杉謙信が整備したと伝えられる。4段の郭(くるわ)や堀切、土塁などがきれいに残り、最上段の主郭には敵に投げつけるための河原石もある。


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 空堀を下り、ひと登りすると、雪道になった。坂中峠からの稜線に出て、アンテナの下で一休みしていると、雪の中をマウンテンバイクを押しながら登ってくる若者たちに出会った。間もなく彼らは別のコースを下って行った。


 ここからの稜線歩きは雪が深くなる=写真上。ふくらはぎまで入る踏み跡を一歩一歩たどるので結構疲れる。この辺は木々の間から善光寺平を一望できるビューポイントなのだが、あいにく春がすみでよく見えない。


 途中、沢を渡る際に雪に埋もれた丸木橋が2本あると思ったのに1本しかなく、バランスを崩して腰まで雪にはまってしまった。


 登り詰めた山頂は一面の雪で、まだ殺風景だ。それでも複数のグループに出会ったから、もう少しすればにぎわうだろう。山頂からわずか先の三角点まで行き、やぶ際の雪のないところで昼食にする。 


 帰路は急坂を下り、旧山千寺(さんせんじ)へ。市文化財の観音堂は、せり出した縁を支える木組みが立派だ。境内の樹齢400年といわれる「信玄駒つなぎの桜」は、もうすぐ見事な花を咲かせるだろう。


 春の日差しを浴びながら、のんびりと野中の道を歩き、サラダパーク隣の蚊里田神社に着いたのは、まだ午後2時過ぎだった。


(2008年4月5日号掲載)

 
中高年の山ある記