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19 ロシア訪問 〜ボリショイに感激 同行者にアドバイス〜

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 離婚とともに教室を失うという目に遭ってから6年で松本と長野に自分の教室を新設し、そこを拠点に各地の教室でも教えるスタイルに落ち着いたころ、私は初めてロシアに行きました。1970(昭和45)年末から翌年にかけてで、新年と46歳の誕生日をあちらで迎えました。


 ボリショイバレエ団と親しくしている方がいらして、レッスンの様子を特別に見学できたのは感激でした。当時は、タクシー運転手に「ボリショイ劇場まで」と告げると、「すごいですね」と言われたぐらいに尊敬を集めている最高のバレエ団です。バレリーナが活躍できる期間はせいぜい15年くらいですが、ボリショイクラスの芸術家になると引退後は年金で豊かな生活ができるということでした。


 そんな高い地位にあるバレエ団のメンバーが、わざわざ空港まで見送りに来てくれたのにも感激しました。


 連続3年  欧州へも

 この年から連続3年ロシアに通い、ヨーロッパにも頻繁に行くようになりましたが、ロシアの方々は義理堅いと思います。知り合った方にセーターをプレゼントしましたら、お礼に分厚いバレエの楽譜が多数送られてきてびっくりしたこともありました。


 バレエ関係者のツアーですから、全国各地の先生方と知り合うことになります。熊本で教室を始めたばかりという先生と飛行機で隣り合わせ、いろいろ相談されたのでアドバイスしたこともありました。


 本格的なバレエに接しにくい地方都市の不利を克服するため、東京シティバレエ団から講師を招いて振り付けをお願いしていることを話すと、その方も同じバレエ団の先生をお願いして教室は大繁盛。借りた会場で小さく始めたのが、自社ビルを建てるほどになっていました。


 東京での合同公演で久しぶりにお会いした時に感想を聞かれ「踊りは上手ですけど、歩き方がペチャペチャしている子がいてつや消しね」と率直に申しましたら、その場で注意して直していました。私は、いい加減なお世辞は言わない主義なんです。


 レッスンも厳しいことで有名でした。今は週に一度だけプロを目指す専科の生徒を指導していますが、かつての教え子たちからは一様に「倉島先生は怖かった」と言われます。


 バレエには形が

 バレエというのは究極の身体美を追求して発展してきた芸術で、一つ一つの動きに決まった形があります。ですから、ちょっと見たら、すぐに正しい、正しくない、上手、下手が分かってしまうわけです。対照的なのは現代舞踊で、これは形がありませんから自由に表現すればいいのです。


 バレエ指導者の役割は、まず基本をきちんと教えること。私が特に大事にしているのは、生徒が体だけでなく頭でも理解できるよう、理論を説明するということです。


 それからどんな小さなミスでも見逃さず、すぐに直すことが肝心です。変な形を覚えたら元に戻すまでに大変な労力を要するのです。指導力を高めるため一流のバレエを見るようずっと心掛けてきましたが、外国でさらに刺激を受けるようになり、ますます美を目指そうという意欲が高まってきました。 

(聞き書き・北原広子)

(2012年3月10日号掲載)


=写真=初めてロシアを訪れた時の私


 
倉島照代さん