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20 教えた子たち(上)〜大勢が入賞・入選 抜群だった宮内さん〜

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 全国舞踊コンクールでは、私が44歳の1971(昭和46)年に宮下京子さんが第1位、49歳の76年に永井美晴さんが上位の成績を収めたのに続き、長野バレエ団から次々と上位入賞者が出ました。79年には、永井美晴、青木由香、池田雅美、上嶋和子、坂西麻美、佐藤明美さんら大勢が一気に入賞・入選したことで「団体奨励賞」を受賞、加えて「指導者賞」を頂き、W受賞となりました。


 粒ぞろい50年代後半

 昭和50年代後半は、特に粒ぞろいでしたね。佐藤明美さん、宮内真理子さんなどはバレエを知らない方でもご存じの名前ではないでしょうか。真理子さんは「ロン・都」の創業者のお嬢さんです。3歳から中学3年まで長野バレエ団に所属していました。抜群に上手で美人で、頭も良く活発でした。バレエでは技術だけでなく、表現力も重要な要素ですから、性格が積極的な方が表情豊かに踊れるという一面はあると思います。


 頭の良さも重要ですね。私の方針は「一度説明したら覚えること」で、集中力と理解力を高めることが必要なのです。他の先生から指導していただく際、生徒に何度も説明しているのを見ると「集中力が落ちるからやめてください」と言っているくらいです。真理子さんは素質に恵まれていた上、お母さまも大変熱心で活発。環境にも恵まれていたと思います。


 小学6年で東京新聞社主催全国舞踊コンクール第1位、文部大臣奨励賞、東京都知事賞受賞。中学1年で埼玉全国舞踊コンクール1位など輝かしい活躍ぶりでした。東京新聞のコンクールに参加した時点ですでに埼玉の方にもエントリーしていたものですから、他の先生方から「また1位を取りにきたのね」と言われました。私は「子どものことですから分かりません」と笑って答えたのですが、ちゃんと1位を取るのですからたいしたものです。


 真理子さんが小学5年か6年のころだったと思いますが、東京で合同公演がありました。日本バレエ協会の甲信越支部を私が中心となって立ち上げ、支部の中でオーディションをし、「くるみ割り人形」の中の「クララの夢」の公演をしたのです。真理子さんはお菓子の国の主役クララを踊りました。


 すると有名なバレエ指揮者の福田一雄先生と、小牧正英先生までが興奮して「今の子は素晴らしい。倉島さんのところにはすごい子がいますね」と楽屋に飛んできたくらいです。このころは佐藤さん、続いて市河里恵さん、小林真弓さんなど逸材が多く、「劇団四季」の芸術総監督として著名な浅利慶太さんからも「いい子がいたら私の劇団に推薦してほしい」と声が掛かりました。


 ローザンヌでも受賞

 宮内さんは高校から東京に行き、2年生の時に、世界中の若いバレリーナが競う登竜門として毎年スイスで開催される「ローザンヌ国際バレエコンクール」でスカラシップ賞を受賞。英国ロイヤルバレエスクールに留学し、バーミンガムのロイヤルバレエ団でも活躍しました。


 真理子さんはその後、東京シティバレエ団に主役で入団していました。佐藤さんもローザンヌでパリ舞踊財団賞を受賞していますから、私は真理子さんと同じ東京シティバレエ団を勧めたのですが「どうせ真理子さんに抜かれるから嫌」と、松山バレエ団に入団しました。そのくらい影響力の大きな人でしたね。

(聞き書き・北原広子)

(2012年3月17日号掲載)


=写真=小6で全国舞踊コンクール1位となった宮内真理子さん

 
倉島照代さん