記事カテゴリ:

002 パリ ムーラン・ド・ラ・ギャレット 〜光彩放つルノワールの傑作〜

02-binotabi-0421p.jpg

 オルセー美術館は建物そのものが美しい。セーヌ川を挟み、ルーブル美術館の向かいにある。外からでも分かる大時計。ここはかつてオルレアン鉄道の終着駅だった。パリ万博に合わせて1900年に完成したが、経営難などからわずか39年で閉鎖。それが1986年に美術館としてよみがえった。


 ルーブルとジュ・ド・ポーム美術館にあった印象派の作品をここに集めたのが大成功。入り口1階は吹き抜けでドーム形の屋根があり、大きな空間が広がる。美術館にありがちな圧迫感や閉そく感はない。昨年秋のリニューアルでさらに輝きを増した。


 1階(地上階)には、バルビゾン派代表のミレーの名作「落ち穂拾い」「晩鐘」などをゆったりと展示。アングルの「泉」やクールベの「オルナンの埋葬」などもある。中階には、ロダンやブールデルらの彫刻。だが、オルセーの見どころは上階。とりわけ光彩を放つのが「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」だ=写真。印象派の巨匠・ルノワールの初期の最高傑作の一つである。


 舞台はパリ郊外の"殉教者の丘"を意味するモンマルトル。今でこそ画家の卵や観光客目当ての絵描きであふれる観光スポットだが、もともとは下層階級の人々が住む地区だった。観光客の増加で地価が高騰し、付近には怪しげな人や店も多い盛り場でもある。


 その一角に"ギャレット風車"がある。ギャレットとは、風車(ムーラン)を利用して粉をひき、親子で売っていた焼き菓子の名前。当時はこのギャレット風車をきっかけに風車が乱立したが、今はもうそのにぎわいはない。ギャレット風車も個人の持ち物になっていて、中には入れない。


 こうした施設は、かつて酒場兼野外ダンスホールにもなっていた。夜はシャンデリアが輝き、昼は野外での踊り。そこに繰り広げられる人々の語らいをルノワールは描いて見せた。喧騒とざわめき。丘に強く吹く風の音、そして音楽。印象派お得意の戸外での光と影の描写だ。


 この作品の制作のために、ルノワールはモンマルトルの丘の一角にアトリエを見つけた。コルトー街12番地。ギャレット風車に近い。後に、この部屋を「コタン小路」「ラパン・アジル」などの名画を残したユトリロが借りている。彼も「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」を3枚描いたが、いずれも外から見た風景だ。


 この作品でルノワールは、そこに出入りする人々の風景を描いたのだが、内気なルノワールには見知らぬ人は描けなかった。登場する主要な人物は、みな彼の友人や知人だ。正面の前景にいる若い女性2人。後ろから子どもの肩に手を掛けているのが、名画「ぶらんこ」のモデルの女性・ジャンヌ。前に座るのはその妹・エステル。右端の男はフランス財務省の友人で、印象派を擁護していた人物。左の中景でシルクハットの男は友人の画家。


 このあとルノワールは"真珠の時代"を迎える。彼は「苦しみを描いたことがない画家」といわれる。悲しみや苦しみを封印して、作品には笑顔や明るさがあふれている。それが、今なお世界で愛されるゆえんだ。

(2012年4月21日号掲載)


 
ヨーロッパ美の旅