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22 教え子たち(下) 〜内外の舞台で大活躍 私にも各種指導者賞〜

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 前回触れた佐藤明美さんは現在、松山バレエ団のプリマバレリーナ、副芸術監督として活躍しています。宮内真理子さんと同じバレエ団に行くのを嫌がっていた時、清水哲太郎さんに出会い、清水さんと森下洋子さん夫妻が主宰する松山バレエ団に入団しました。


 私はこのバレエ団から1992(平成4)年に「芸術賞」という栄誉ある賞を頂きました。65歳でした。森下洋子さんと一緒に映った写真を見るたび、アイドル並みの人気で少女雑誌の表紙を飾っていた有名バレリーナと並んでいることが不思議に感じられます。


  生徒が次々上位入賞

 前年に知事表彰「芸術文化功労賞」を頂きました。このころも優秀な生徒さんが多く、コンクールで次々上位入賞したため、いろいろな指導者賞を頂き、文部大臣表彰も受けました。同時期にローザンヌ国際バレエコンクールでは、柳井美紗子さんが「エスポワール賞」に輝きました。最も若くて将来性がある人に与えられる賞です。審査員が見込んだとおり、柳井さんはカナダに留学すると頭角を現し、世界を回って活躍しました。


 大月悠・恵さんという双子の姉妹は共に劇団四季に入団し、主役やソリストとして大活躍していました。森田愛海さんもスカラシップ(奨学制度)でドイツのバレエ学校に留学し、そのバレエ団からスカウトされて活躍しています。


 私が個人的に惜しいなと思ったのは中村恵理さんです。物怖じしないどころか舞台が大好きで、登場すると周囲がピンクに染まるのが見えるくらいに華があるタイプです。


 中学生で全国1位になると、スカラシップを得て、自分で決めてオーストラリアに留学してしまいました。私としては、彼女の実力ならイギリスの名門、ロイヤルバレエスクールに推薦したかったのですが残念でした。


 コンクールで上位になる大きなメリットはバレエ学校の奨学金を得られることです。オーストラリアからのオファーは結構あるのですが、私はやはり本場ヨーロッパで修業する方がチャンスが広がると思っています。彼女は首席で卒業し、今はイスラエルのバレエ団でソリストとして活躍しています。


  私の指導に限界も

 中村さんと対照的だったのは浅川紫織さんです。彼女はなぜか本番に弱く、コンクールの1位が取れずにいました。高校生になって名古屋のコンクールでやっと1位になったのは、こまごました点よりも将来性を評価する外国人審査員が多かったことが幸いしたのではないかと思います。


 ローザンヌでもセミファイナリストになりました。決勝に進めなかったのは、コンテンポラリーダンス、つまりクラシックを基本にして自由に表現する現代舞踊の部門が私の指導だけではどうしても弱くなってしまうからでした。その後、彼女は私の勧めに従ってイングリッシュバレエスクールに留学し、熊川哲也さんの目に留まり、彼の主宰するKバレエカンパニーの主要ダンサーとなっています。


 熊川さんは素晴らしい踊り手なのに振り付けも自分で行い、バレエ団を率いるすごい能力の持ち主です。日本で最も勢いがあるのはKバレエといっても過言ではないでしょう。


 2002(平成14)年、巣山葵さんの付き添いでローザンヌに行ったのが、私にとって最後の外国への旅でした。75歳という年齢もですが、国際コンクールの参加者がいなくなったのです。どこのバレエ団も欠員がないと補充しませんから、狭き門だったバレリーナへの道は一層厳しくなってきました。

(聞き書き・北原広子)

(2012年3月31日号掲載)


=写真=「芸術賞」を頂き森下洋子さん(左)と並んで

 
倉島照代さん