記事カテゴリ:

11 バレエ教室 〜初めて見て鳥肌が 長野に出張レッスン

ayumi11.jpg

 東京で初めてバレエ公演を見たときは、あまりに素晴らしく、主演の谷桃子さんの美しさとうまさに鳥肌が立つ思いでした。それまで私がやってきた舞踊は、完成されたクラシックバレエの形式美に比べるとまるで自由奔放。体を使って気持ちを表現できれば、手先、足先の動きまでには、さほどこだわらないものでした。


 その点、バレエは全く異なります。かかとを着いて立つよりも、つま先立ちの方が美しい。そのためにトーシューズを履く。指先は、顔の向きは、どうするのが最も美しいのか。高く跳ぶにはどうしたらいいのか。長い歴史の中で究極の美を求めて発展してきた身体芸術であり、さらに物語と音楽があり、豪華な衣装があり、大掛かりな舞台装置や照明も必要な、高度に洗練された総合芸術です。まさに目からうろこの世界でした。


東京で大流行の兆し

 東宝の主催で、終戦から間もない1946(昭和21)年の8月9日から20日までの22日間、東京バレエ団が帝国劇場で『白鳥の湖』全4幕を毎日上演し、連日満員の大盛況だったことが日本バレエ史の語り草にもなっているように、当時の東京ではバレエが大流行の兆しをみせていました。


 それまでの日本のバレエは、ロシアから亡命していた元バレリーナのパブロア先生の教え子たちが舞台に立ち、長い物語の一部分を演じる程度で、全幕を演じきるのは無理でした。戦後、小牧正英先生を軸に日本で細々と続けていた人たちが結集して壮大な公演が実現し、本格的な日本のバレエ芸術の幕開けとなったのでした。


 時代の最先端の空気を東京で感じ、私は興奮して信越線で帰路に就きました。公演の後ですから夜行列車です。汽車はギッコンギッコンときしみ、燃料の石炭の煙で鼻の中は真っ黒になりましたが、バレエ公演の満足感が大きく苦になりませんでした。


 忘れもしない1950(昭和25)年1月15日。小牧先生が主宰する小牧バレエ団の幹部が長野を訪れ、月に1度、土・日曜に出張レッスンしてくれることになりました。


 小牧先生といえばバレエ関係者の間では神様のような存在。これに先立って私は林廣吉さんからの紹介状を持って直接先生を訪ねたのですが、すごいカリスマ性に緊張しっぱなしでした。


 そんな先生の優秀なお弟子さんである関直人先生、笹本公江先生、太刀川瑠璃子先生など、いずれも今のバレエ界の大御所といわれる先生方が直接指導に来てくださったのです。


 後に、林廣吉さんのお嬢さんで私の友人だったプリマの林陽子さんが専属でご指導くださり、発表会の振り付けも担ってくれました。若くして亡くなるまで大変お世話になったご恩は忘れません。

県内初のスタート


 バレエに転向してから生徒はあっという間に150人を超えてしまい、中央通りの西本願寺別院を借りてレッスンしました。「小牧バレエ団長野出張所」の肩書にしてもいい、という名誉ある提案もいただきましたが「長野県バレエ研究所」と改称し、バレエ教室としての第一歩を踏み出しました。


 もちろん長野県初です。東京の大バレエ団の団員が地方の小さな教室に出張レッスンに行くというスタイルの走りでもあったと自負しております。私が結婚したのも、記念すべきこの年でした。

(聞き書き・北原広子)

(2012年1月14日号掲載)


写真=小牧バレエ団のプリマだった林陽子さん

 
倉島照代さん